第九話: 寂れたアーケード街、教師と危ない若者たち
雪が降りしきる中、僕は走っていた。
『つい今し方なんだけど、それらしい子、見かけたよ。チラッとだけだし、分厚いコート着ててフードも被ってたから自信はないんだけどさ。うん、女の子だったと思う。場所は――』
駅前で声を掛けておいたタクシー運転手の一人からこんな連絡が寄越されたのだ。
実を言うと、このレベルの情報ならば既に何件も入っており、いずれもパトロール中の警官や辻ヶ谷先生が確認に向かって人違いだと判明していた。
今回も未確定情報として本部へは一応の連絡だけを入れてある。
しかし、何の確証もないにも拘わらず、僕はこの情報に手応えを感じた。
現状に焦れていたところで、自ら話を付けた人物から、たまたま付近の目撃情報がもたらされ、とにかくすがりついてしまっただけ? 違うとは言いきれない。根拠などないただの勘だ。
……なのに、急げ! 急げ!とせき立てる声は、どうしてか心の中で止まずにいる。
情報にあった場所は、駅からはやや距離のある寂れたアーケード街だった。
駅周辺に広がる高級住宅地の外れに位置しており、現在の繁華街が発展する以前は、市街地の中心となっていた時代もあるが、今はもうほぼすべての店が昼間からシャッターを下ろしたまま、アーケードの天井も撤去され、もはや商店街とも呼べない惨状をさらすうら寂しげな通りである。
こんな時間になってもライトアップされていた駅前とは異なり、ろくにクリスマスの飾り付けさえ見て取れず、一定間隔で建つ街灯が事務的に明かりを照らすのみ、通りの両側に立ち並んだ建物のシャッターの多くには、一体いつからそのままなのか閉店を告知する張り紙がボロボロになってなお貼られっぱなしとされている。
商売はやっていないにしても、多くの建物にはまだ人くらい住んでいるだろうに、道に面した窓を眺めてみても明かりを灯しているのは僅かばかりだ。
当然、通りには人の姿などまるで無く、普段の美須磨であればそぐわないにも程がある。
とは言え、人目を避けて風雪をしのぐ一時的な休憩地点くらいにはなりそうか。
路面に積もった雪は薄く足跡も残されていない。何か手掛かりになるような痕跡はないか? やっぱり今からでも応援を頼むべきか?などと考えつつ、店先の物陰や横道の細い路地を確認し、ゆるく大きなカーブを描いて伸びる一本のメイン通りを進んでいく。
いっそ大声で名前を呼んでしまおうか……と考え、すんでのところで堪えた。
もしも本当に彼女がここにいるなら、それは学園を脱走したという事実が確定するわけであり、素直に出てくるはずもなく……。残念ながら、今は地道に捜していく他はないだろう。
やがて、シャッター街メイン通りの出口――正確には反対側の入り口が遠くに見えてきた頃。
元は小さな駐車場だったのか、路地の少し奥まったところにある広場を確認し、メイン通りへ戻ると、やや先の脇道から雪に塗れたいくつかの人影が同時に飛び出してくる。
「おう! そっち、いたか!?」
「い、いねぇ。み、み、見当たんね」
「足跡なんて見えねぇしよ、もうあっちの通りとかに逃げちまったんじゃねーの?」
「出入り口と並びの通りはオカとコーノたちが張ってんだろ。出てりゃ分かる」
「チっ、そもそもマジで女だったのかよ? 雪ん中ヤるほどか? さみーからさっさと帰ろうぜ」
「ぜってー女だって! 飽きたならお前だけ帰れや」
「んだと、コラ!」
ガラの悪い若者たち――一時期はヤンキー、チーマー、カラーギャングなどと呼ばれたタイプ、見たところ高校生くらい?の男どもが七八人か。口ぶりからすると他にもいそうである。
チャラチャラとアクセサリを身に着け、派手な色に髪を染め、幾人かは武器を手にしていた。
『人数多いし、加減を知らない連中っぽい。ちょっと面倒なことになってるなぁ』
本来、この街でこういった輩を見ることはまずない。
基本的に裕福な中流・上流の人々が暮らす上品な街であり、治安の良さは折り紙付きである。
こんな寂れた通りでさえ、いかがわしい店や反社会的な団体の気配が一切窺えないくらいだ。
おそらく、彼らはクリスマスに浮かれ、たまたま他所から迷い込んできたのではなかろうか?
普段なら放っておいてもすぐ街から追い出されるはずなんだが、変に運が好いのだろう。
ひとまずパトロールを回してもらえるよう通報はするにしても、他に僕ができることは……。
一.若者たちに事情を説明し、可能なら穏便に捜索協力を頼んでみる。
二.彼らより先に少女を見つけて逃がす。もしも美須磨だったら保護する。
三.ここでじっと様子を窺いながら、お巡りさんが来るまで待つ。
いつもであれば、人を呼んだり騒ぎを起こすなりして彼らを追い払い、まず少女を逃がすとか、さっさと立ち去るなんてことも考える……まぁ、今はちょっと選べない選択肢だな。
あれこれ悩んでいると若者――もうヤンキーで良いか――ヤンキーたちは脇道へと散っていく。
『雪が降る中、ホント頑張ってるねえ、まったく。自発的に帰ってくれたら話は早いのに』
現状、このシャッター街メイン通りに別々の方向から入ってきた彼らと僕は、あたかも協力し合うかのように隈無く、中央に向かって人を追い立ててきた形となる。
彼らが言っていたことを信じるとして、まだ件の少女がこの通りのどこかにいるとするなら、残る場所は僕が今いる地点から彼らがいる地点までの間。距離は五十メートルもない。
どうやらのんびり見ている余裕はなさそうである。
選択肢は二だ! ヤンキーどもに見つからないよう先んじて少女と接触して逃がす。
彼らに先を越されてしまったら、そのときは仕方ない。どうにかして助けるか、無理そうなら時間稼ぎだな。……できればそうならずに済んでもらいたいものだ。





