これが、始まりの日
ぼんやりとして何も見えず、うっすら赤く塗りつぶされたような視界。
ここはどこだろう? 僕はどうしてしまったというのか。
心地よい暖かさを感じるが、傍にいるはずの誰かがいない。そのことに堪らない不安がある。
――ギィ……バタン!
と、聞こえてきたのは、ドアを開け閉めする音だ。すると、ここは部屋の中か?
どこか狭い場所にすっぽりと収まり、身動きできずにいる僕の下へ、誰か近付いてくる。
「フュヴィン、マイタタプアプイヤ?」
その声は若い女性と思われた。
何を言ってるのかは理解できないが、おそらくは僕に対して話しかけているのだろう。
状況を把握するためにも、とりあえず返事はするべきか。
……と考えるも、何故か僕の口が勝手に動き、まったく意志とは異なる音を発し始めた。
「おんぎゃあああ! んぎゃあああっ!」
泣き声? なんだ、これは? これでは、まるで……。
「フフっ、オレコシェリュオテイト?」
そんな言葉と共に、僕の背に大きな手が回され、ふわりと持ち上げられてしまう。
「シャペ……ワオヴァニィ……」
膜が張ったような視界いっぱいに、美しい女性の顔が広がり、そっと頬ずりをされる。
明らかにおかしなサイズ感! もはや否応もなく確信する他はない。
そう、僕は小さな赤ん坊になっていた。
全身へ与えられる優しげな女性の温もり。
心が安らぎ、目が潤み……ずっと求めていた何かに満たされた……そんな気にもなってくる。
だが、一方で『彼女ではない』という声が、頭の中で鳴り止まない。
……ああ、もちろん分かっているさ。
なぁ、君はどこにいるんだ? 近くにいてくれているのかい?
この通り、どうやら僕は転生を果たしたよ。
ならば一緒に君がいてくれなければ始まらないだろう。
まさか、僕をこの世界で一人っきりにするつもりじゃないだろうね?
――つきこ……今すぐ君に逢いたい……。
「ほおぎゃああああああああ!」
想いは言葉にならず、ただ一際大きな泣き声として辺りへ響き亘る。
されど、どれだけ声を張り上げようと、それが月まで届くことはないだろう。
同様に、赤子の小さな手では、どれだけ高く伸ばそうと決して月へは届かない。
今はまだ……。
これが、始まりの日。
僕が、決して届かない遥かな高嶺へと手を伸ばす……物語は、ここから新たに始まる。
シールディザイアー 第一部 【完】
以上をもちまして、松悟と月子の物語はひとまず区切りを付けることとなりました。
この大きな節目まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
ここまでのお話で何かしら良いと感じていただけていたら、下記のブックマークや★★★★★、どうかよろしくお願いします。
正直なところ、「いいね」もめったに頂けませんので、ご褒美にこの回だけでもなにとぞ!
さて、それはそれとして、ご覧の通り、この物語はまだ終わってはいません。
舞台とキャラを大きく変え、第二部が始まります。
ちなみに、本作はハッピーエンドを目指しています。最後は必ずハッピーエンドです!
ですが、その前に、味変や箸休めとして第一部の設定をまとめた資料的なデータ集、それから数本の閑話をお送りしたいと思います。
よろしければ、少しだけ寄り道にお付き合いください。
引き続き、お楽しみいただけたら嬉しいです。
それでは!





