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田舎のアイツ

作者: 天ガエル・リッター

毎年、夏休みに田舎のじいちゃんちに行くのが楽しみだった。

仲良くしてくれる従兄の兄ちゃんや姉ちゃんに会うのも楽しみの一つではあったけれど、一番の楽しみは大好きなアイツに会う事だった。


じいちゃんちのある田舎はコンビニもほとんどないし、ゲームセンターなんかもない。

でも、駄菓子屋で買って食べるアイスや見た事ないお菓子やジュースは美味しかったし、50円で遊べる古いゲームもそれなりに熱中出来た。

じいちゃんちで食べた素麺や新鮮な野菜はいつも家で食べる物よりもどこか美味しく感じた。

ただ、山が近い事もあってセミがとってもうるさいのが難点だ。

ミーンミーンと耳元で鳴いてるのかってくらいにうるさくて、窓を閉め切ってエアコンの効いた部屋で夕方まで過ごす事も何回かあった程だ。


少し離れた場所にある神社で夏祭りがある日、パパやママと一緒に屋台を回ったり、盆踊りを見たりしたのも楽しい思い出だ。

一人で先に帰りたかったのに、危ないからと右手をパパ、左手をママに握られて一緒にじいちゃんちに帰ったりもした。

その時はとっても恥ずかしかったのを覚えている。


縁側で風鈴の音を聞きながら食べるスイカがとても美味しくて、アイツにも食べさせたかった。

でもアイツが何か食べる所を見た事がない。

それなのに、毎年会うアイツはボクと同じくらい身長が伸びているし、同じくらい運動も出来ていた。

あの頃はそれが不思議でたまらなかった。

今にして思えば、それは当然で当たり前ではあったのだけれど。


朝起きて、従兄の兄ちゃんと姉ちゃんに連れられて神社でラジオ体操をしてスタンプを貰い、じいちゃんちに戻って朝ごはんを食べる。

それからは従兄の兄ちゃんや姉ちゃん、近所の子たちと一緒になって山に虫取りに行ったり、川で泳いだり、神社でかくれんぼをしたり、一日中遊んでいた。

夕暮れ時、烏がカーカーと妙に大きく鳴いている声を聞いて、みんな家に帰っていく。


アイツに会えるのは夕暮れ時から日が沈むまでの短い間、ボクが一人きりの時だけだった。

他の誰かがいると、アイツは恥ずかしいのかボクの前に出て来てくれた事はなかった。

従兄の兄ちゃんと姉ちゃんには先に帰ってもらい、いつもボクは一人でじいちゃんちに歩いて帰っていた。

アイツに会う為に。


夕暮れ時の神社、人気がなくどこか物寂しい。

神社からの帰り道、じいちゃんちに続く山道の中に大きな岩が並んでいる場所がある。

そこがアイツの居る場所だ。

太陽が真っ赤に燃えるような色になる頃、アイツがその大きな岩に姿を現す。


「一年ぶり、また大きくなったね。会いたかったよ」


アイツは無言でボクと同じそぶりで手を振ってくれた。

世界が赤く染まるこの時間帯だけが、アイツとボクの時間だった。

鬼ごっこをした。

アイツはいっつもボクと一緒に動くから、逃げ切れた事はないけれど、アイツを逃がした事もなかった。

かくれんぼはいっつも同じ所に隠れるから、誰も鬼をしてくれなくてかくれんぼにならなかった。

ジャンケンはずっとあいこで、勝った事も負けた事もない。

その日に有った事をアイツに話すと、アイツはボクと同じように喜んだり悲しんだりしてくれた。

大きな岩に手を近づけて、アイツとボクの掌を重ねる。

ボクと同じ大きさ、岩の様にごつごつとした感触。

そこだけがボクと違っていたっけ。

地面に腰を下ろし、アイツと背中合わせに座り合う。


「今年もたくさん遊んだね、お話したね。ボクはとっても楽しかったけれど、君はどう? ボクと一緒にいて楽しかった?」


毎年いつも聞く質問。

今年こそはと、いつも思っていたのだが、答えが返ってきた事は一度もなかった。

日が沈み、赤い世界が黒くなっていく。

アイツも居なくなる頃だ。

アイツは日が沈むのと合わせるようにだんだんと黒い世界に溶け込んで消えてしまう。

そろそろ帰らないと怒られてしまう。

俺は居なくなったアイツに手を振って、じいちゃんちに駆け出した。


後ろからペタペタと音がする。

いつもの事だ。

アイツはボクに似ているくせにとっても寂しがり屋なのだ。

いつもいつもボクがじいちゃんちへ駆け出すと、ペタペタとボクの後を追いかけてくるのだ。

姿は見えないが、ずっとボクの後ろにピッタリとついて来る。

びっくりさせてやろうと急に立ち止まった事もあったが、アイツはそれに騙されず、ボクが立ち止まったと同時に立ち止まってしまう。

歩いてる時はアイツもボクに合わせて歩いてついて来る。

ボクを一人きりにさせないようにしてくれているのだろう。

一人でもちゃんと帰れるのにと、ちょっと不満ではあったのだが。

そして、じいちゃんちの前で辿り着くと、ボクは来た道をクルリと振り返る。

アイツの姿はもちろんない。

でも、足音はずっとついてきていたから、きっとそこにいるのだろう。

ボクはバイバイと見えないアイツに手を振ってじいちゃんちの玄関をくぐる。

アイツは家の中まではついてこなかった。


遠い過去を思い返し、自嘲気味に笑う。

あれは、アイツはただの自分の影だったと気づいたのはいつの頃だっただろうか。

じいちゃんが死んで、じいちゃんちに行かなくなった頃だった気がする。

ただ、不思議なのは自分の影をアイツだと思っていたなら、なんであの場所でしか会えないと思い込んでいたのかという事。

影なんて明かりさえあればどこにだって存在しているというのに。

今日はじいちゃんの十三回忌、滅多に実家に顔を出す事すらなかった俺がケガをした父に代わってじいちゃんちに行く事になった。

従兄が法要の段取りを諸々やってくれたおかげで俺が何かをする、という事はなく。

住職が念仏を唱えるのを聞きながら、アイツの事に思いをはせる。

アイツの正体が自分の影であるとは分かっているが、何故子供の頃の俺はあの場所以外の影をアイツとは思わなかったのだろうか。

どうせ、明日も休みではあるのだ、暇つぶしにはなると思い、俺はあの大きな岩が並ぶ場所に行ってみる事にした。

既に日が傾いてきており、夕暮れ時までに間に合うかと心配だったのだが、それなりに遠いと思っていた大きな岩が並ぶ場所は大人になった俺の足では10分もかからない場所にあった。

はて、あの岩はあんなにも小さかっただろうか。

子供の頃はあんなに大きいと思っていた岩は今の俺とそんなに変わらない大きさの岩でしかなかった。

子供の時の目線と今の目線を比べれば、そう感じるのも仕方ない。

そろそろ夕暮れ時、世界が赤く染まる時間帯だ。

当然の様に夕焼けの光に照らさて、岩に俺の影が伸びていく。

気まぐれで俺は子供の頃と同じように、岩に映る俺の影に声をかけてみた。


「よう、久しぶり、何年ぶりだろうな。元気してたか?」


もちろん影は何も答えない。

当たり前だ。

ただの影が返事などする訳がないのだから。

子供の頃の俺は何故この岩に映る影だけをアイツと呼んでいたのだろうか。

謎は深まるばかりだったが、どこか懐かしい気分に浸る事は出来た。

タバコを一本ゆっくりと味わってから、ポケット灰皿にタバコを突っ込み、スマホで時間を確認する。


「もうこんな時間か。結構長居しちまったな」


まだ日は沈み切っていないが、ここに居てももう子供の頃の謎は解けないだろう。

俺はじいちゃんちへと歩きだした。

そして、ここに来ることはもうないだろうと思い、クルリと振り返り子供の頃大好きだったアイツに別れを言う事にした。


「じゃあな。子供の頃過ごしたお前との時間は大事な思い出だよ」


日が沈み、辺りがだんだんと暗くなっていく中で俺は確かに見た。

俺は右手をあの岩に向かって振ったのだが、影も同じく右手を振っていたのを。

辺りはもう暗く、それを確かめる事は出来ない。

今見たのがなんだったのか、理解できなかった。

薄ら寒い物を感じて、俺はじいちゃんちへと駆け出した。

ただの見間違い、俺はそう自分に言い聞かせた。

そして、ペタペタという足音に気付く。

子供の頃も聞いていた足音だ、これは自分の足音が反響して少し遅れて聞こえる事で誰かが付いてきていると錯覚しているだけ――。

そこまで考えて俺は気づいた、気づいてしまった、俺は今ちゃんとクツを履いている。

ペタペタと裸足の足音が聞こえるはずがないのだ。

だいたい、こんな開けた道のどこに足音が反響していると言うのだ。

俺はじいちゃんちに向けて全力で走り、そして玄関に飛び込んだ。

子供の頃、アイツは家の中にはついてこなかったはずだ。

俺は息を切らしながら、玄関の扉を背にして座り込んだ。


「俺を置いていくなよ、寂しいだろ」


俺の声が玄関の外から聞こえてきた。

ドキリと心臓が跳ね上がる。

物音はしない、玄関の扉には俺の影だけが映っているだけ。

その影と目があった。

あとの事は覚えていない。

目が覚めるともう外は明るく、俺は布団の中に居た。

どうやら玄関で倒れていた俺を従兄の兄ちゃんが布団に寝かせてくれたらしい。

子供の頃よく遊んだアイツ、ただの俺の影だと思っていたが、子供の俺が話しかけ続けた事で自我を持ってしまった存在だったのだろうか。

そんな荒唐無稽な事を思い、自嘲気味に笑う。

そう言えば、昨日はとても暑い日だった、きっと熱中症にでもなって幻覚や幻聴が聞こえたに違いない。

俺は家に帰る事にした。


家に帰ってから、視線を感じる事が増えた。

視線を感じ振り返ると、そこには俺の影があるだけだった。

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