第二話 プロデュース
到着した町は、木製の建物が並ぶ典型的な西部開拓地だった。これまた木製の入口のアーチには『ザリバタウン』と書いてあった。
「なんとか、到着したわね。早速、わたし達を売り込まないと」
シルバー・ボンの噂こそすでに流れていたが、私がそのシルバー・ボンだと言っても、誰も信じないだろう。ここは、マヤの言う通りだった。
「いつもの通り、町長の家か賑やかな酒場に行きましょう」
そう言いながら、マヤは酒ビンを取り出した。
「これはね、中に入っているのは炭酸水なの。口の部分を溶かして塞いで、ふたに見せかけたコルクを張り付けたから、強く振ればきっちり三秒で破裂するわ。まだ何本も用意してあるんだから」
このビンを遠くに立っているマヤが投げたら、タイミングを合わせて私がピストルを撃つ。破裂したビンを見れば、みんな百発百中の腕前だと思い込む。
私がシルバー・ボンだと信じ込ませるための小道具を、今までにもマヤはいくつも作っていた。シルバー・ボンは銃だけでなく剣術も達人なので、見えない切れ込みを入れた鉄棒や、やはり空中で破裂する火薬を仕込んだ缶なんかだ。
それらを使って、今までの町や村では上手く行った。今回も新しい小道具とマヤの話術で、偽者たいじの仕事を請け負えるだろう。
僻地とはいえ、町一番の大通りは結構賑やかだった。馬車は無理だが、馬なら通って構わないだけの道幅もあった。
「あっちの方が、結構にぎわっているわね」
「あれは、騒がしいっていうのよ、マヤ」
大通りの一角から喧騒が聞こえたかと思うと、人ごみから誰かが走り出してきた。それは、私達より2、3歳は年上に見える若者だった。
「食い逃げだーっ!」
喧騒にまぎれて、そんな叫びがはっきりと聞こえてきた。
「ムガムガ、ムガーッ!」
飛び出してきた男は、何か反論しているみたいだが、口に骨つき肉をくわえたままなので何を言っているのか判らない。
黒い革のチョッキとズボンの茶髪の男は、こっちに向かって駆けて来た。
「よし、あいつを捕まえるか」
一瞬、マヤの口元がニヤリと笑った。マヤは、今日のデモンストレーションの相手に、彼を使おうと言っているのだ。犯人を易々と逮捕すれば、私がシルバー・ボンだと誰もが信じるだろう。
勿論、見ず知らずの男が私達に協力してくれるわけがない。イカサマを使って、捕らえるのだ。
私は今までも、なかなかシルバー・ボンだと信じない相手を、決闘で倒して信用させている。もちろん、対戦相手にも判らないようなイカサマを使って。
既にマヤは、どこかに隠れていた。ここからは、私の演技力にかかっている。
こっちに向かって走ってくる男に向かって、私はファイティングポーズを取った。マヤの完璧なイカサマを信じている私には、恐れる事なんてなかった。
シルバー・ボンに見えるように、毎日の特訓を欠かしたことのない私は、構えだけは様になっていた。
私が戦うつもりだと気付いた男は、ショルダータックルのポーズを取りながらこっちに向かって更に足を速めた。
男の注意は、完全に私だけに向けられていた。抜け目のないマヤが、このスキを見逃すわけがなかった。
パリッ!
突然、男の足元に転がっているビンが破裂した。只の酒瓶だと思ってまたごうとしていた男は、びっくりして足元に気を取られた。
「えいっ!」
下を向いた男の、無防備になった脳天へ、私はパンチを打ち込んだ。密かに鉛の棒を握っていたので、私のパンチは見た目よりも重い。
「ごふっ」
男は、後方へ弾け飛んだ。その先には、マヤがいた。
鉄の棒を懐に忍ばせていたマヤは、偶然通りかかって乱闘に巻き込まれたふりをした。
「キャアアアッ!」
周囲の人達には見えないように自分の体で棒を隠しながら、男の後頭部を思い切り叩いた。マヤが悲鳴をあげたのは、殴る音を隠すためだ。
「ぐふっ」
マヤと一緒に地面を転がった男は、大の字に手足を広げたまま動かなくなった。
わざと男と一緒に転がっただけで大した怪我もしていないマヤは、何事も無かったかのように立ち上がると、両手で全身の土ぼこりをはたいた。
マヤは、充分回りに人が集まっているのを確認すると、私の目前まで歩み寄った。
「食い逃げなど、シルバー・ボンの手にかかれば、どうって事ありません!!」
そう言ってマヤが私の右手を掴んで、高々と掲げた。私も、いつものように堂々とした態度で辺りを見渡した。




