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 ガタゴトと揺れる馬車は道の良し悪しなど関係なく急ぎ足で進む。

 一体どこを走っているのか、どこに向かっているのか、目隠しをされた私には予想すら立てられずに馬車は休むことなく走り続けた。

 経過した時間で言えばおそらく数時間程度で、けれど後ろ手で縛られ不自由を強いられた私の体感はもっと長時間の苦痛を味わった気分だった。


 ようやく馬車が止まると、御者と聞き慣れない男の会話が馬車の壁を隔てて聞こえてきた。

 不快感が続いたせいですっかり乗り物酔いをしてしまった私は、声の聞こえる方に体をもたれて耳を傾けた。


「王都軍の様子は?」

「陣営を張って、数日中に進撃してくるつもりだ。そっちは?」

「この娘を渡せば、王都軍の動きに合わせて準備はしている」

「そうか。……人質として役に立つのか? 追放された女だろ?」

「追放されたからこそだろう。反逆の中枢と言っても信憑性があるくらい、この娘は王子の反感を買ったらしいからな」

「だったら、すぐに殺されるかもしれないぞ」

「可能性は低いだろう。だが、もしそうなってしまっても構わないとロックウッド様は言っていた」

「……なんの為にその女を使うんだ。俺にはわからないんだが」

「お前は王都軍にいるからな。詳細を知らないのも無理はない」

「教えろ。諜報だって楽じゃないんだ」

「この娘をお前が、ロックウッド様の愛人として王都軍に渡す。愛人となれば王都軍は人質としてこの娘を利用するだろう。無論、こちらには応える理由がないので反乱は止まらない」

「もし殺されたら?」

「この娘はな、むしろこちらにとって重要な人質なんだ。殺されることがあれば逆上して力を発揮する駒がいる」

「……ようやく捕まえたという、黒の子供か?」

「殺されても殺されなくても、王都軍の手の内にこの娘がいる限り、こちらに利があるのさ」

「なるほどな。それならば、首謀者にでも仕立て上げた方が利用価値はありそうだけどな」

「黒の子供が大人しく従っていれば、そうしていただろうな」



 ふーーーーーん。なるほどね。



 その後もひそひそと会話は続いたが、聞いてもわからない内容になったあたりで立てていた耳を収めた。

 ロックウッドが教えてくれなかった丁寧な説明を受けた私は、男達の口の軽さに感謝しながら、酔った気持ち悪さに体を反対側に傾けた。


 私の使い道って、シスベルの力を利用するためのことには違いなかったけれど、まさかロックウッドの愛人として突き出そうとしてるとはね。

 それなら首謀者だと濡れ衣を着せられて突き出される方が断然マシだったわ。


 ロックウッドが念押しした「私()あなたを殺すことはない」というのにも納得した。あの小賢しい話し方にはうんざりしてしまう。


 ふぅ、と深めに息を吐く。

 あんな蛇男の女だなんて冗談じゃない。王都軍に拘束されれば、偽りの尋問が待っているかもしれないと思うと殺されるよりも嫌だった。

 シスベルに知れたら、それこそ逆上して見境なく爆発させるかもしれない。


「……シスに…………」


 一瞬思考が止まり、不意に思い出す。

 シスベルにはあれ以来また会えていなかった。

 だからこそ鮮明に残る感触を、何度も何度も繰り返して思い出してしまう。耳に残る声も。

 朝日を受け入れた瞳で私を見つめる、あの眼差しも。


 去り際に落とされた破壊力抜群の「あんたも俺のものだよ」という言葉に、きゅーっと締めつけられる。


「やっぱりシスは外伝のヒーローに違いないわ。かっこよすぎる……!」


 緩む口元は誰に見られることもないけれど、縛られ手で隠せないことに恥ずかしさを覚えて身悶えてしまう。

 きっとシスベルは主人(あるじ)としての私に好意を寄せてくれているに違いなくて、私が遠慮ない愛情表現をしていたから同じように返してくれているのだ。


 主人だからこその特権。

 ツンツンと素っ気ないシスベルのあんな一面を知れるなんて、リーゼロッテはなんて役得なんだろう。


「最推しだわ……」


 胸いっぱいの幸せを吐き出すと、あんなに酷かった乗り物酔いはいつのまにか治ってしまっていた。

 うっとり余韻に浸っていると、すっかり忘れていた現実が戻ってくる。


 馬車の扉が男の声と共に開かれた。


「さぁ行きますか、お嬢さん」


 あぁ、愛人か……とされるがままに大人しく担がれて陣営に連れて行かれた私は、望んでもいない王子との再会を果たすこととなった。




 ❇︎




 陣営に連れてこられた私は、それはそれは驚きの目を向けられ周囲をざわつかせる存在となった。

 王都の騎士団なら当然私の顔は知っているし、途中経過から追放に至るまでの所業はすべてバレているといっても過言ではなかった。


 どうして目隠しを途中で外したの!?


 私を担ぐ謀反者を恨めしく睨むも届かず、周囲の目に負けてどこに向かうかもわからない道のりを顔を伏せることで耐えることにした。

 陣営はそれなりの広さで、針のむしろな私はやっぱりそれなりな時間をいたたまれない見せ物にされた。


 騎士の立つ立派な天幕の前でようやく謀反者の足が止まり、私は引き渡される。

 謀反者の担ぎから騎士の拘束に変わり、私は天幕の中に通された。

 そこに登場するのは予想通りの人物で、原作にはなかったさすがはヒーローな麗しい顔が私を見てぎょっとした。


「なっ……リーゼロッテか!?」

「王子殿下にご挨拶申し上げます」


 後ろ手で縛られ、さらに騎士に片腕を掴まれたままだ。

 私は言葉と体勢をほんの少しだけ低くすることが精一杯だったが、王子は「挨拶などいい」とすぐに騎士に離すように命じた。


「ロックウッドの愛人を捕らえたと聞いている。まさかお前……」

「でまかせでございます」


 心底嫌だとツンとして答えると、王子はため息を吐いて椅子に腰を下ろした。脱力したようにも見える。

 また騎士に命じると、手を縛っていた優しさのかけらもない堅い縄があっさりと短剣によって切り解かれた。

 自由になった両手を見ると手首に縄の痕がついており、私は首を傾げる。


「……なぜ解くのです?」


 縛られていたいわけじゃないけれど、この展開は読めないものだった。

 てっきり尋問を受け根も葉もない嘘の事実を無理矢理認めさせられる胸糞ルートに陥ったと思い込んでいたら、王子はさらに私に椅子を勧めた。


「お前が本当に謀反を考えているならまた拘束すればいい。何があったのか話してくれ」

「は、はい……」


 にわかに信じられない状況に素直に話していいのか窺いつつ話し出せば、そっとさりげなくお茶が出される。あたたかな湯気にホッとした。

 王子の見せる傾聴の姿勢に私への疑いはほとんどないように思え、さらに私に対する嫌悪感も感じず、頭の中に疑問符が浮かび並ぶ。

 これまでのリーゼロッテの行いを考えれば、私を真っ先に疑っても仕方がないはずなのに。


 困惑を表に出さないようロックウッドとの出会いから今に至るまでを話し、シスベルのことも「黒の子供」であり「従者」だと包み隠さず説明した。

 王子は考え込むような素振りを見せ、少しの間を置いて私に確認をする。


「ロックウッドは黒の子供を使って我が軍に向かってくるつもりなのか」

「それは間違いありません」

「黒の子供はどれほどの力がある?」

「あの者はひとつの魔法しか使えません。ですが、その魔法においては並外れの力を発揮します」

「その魔法とは?」

「爆破です」


 王子はまた考え込む。

 「爆破か……」とつぶやいて、テーブルに指をトントンと打っている。


 黙り込んだ王子に、私もまた不可思議な展開に考えを巡らせていた。あまりにも事が平和に進みすぎている気がした。

 危惧していた自身の危険はどこへいったのか、出されたお茶には毒や自白剤の類は一粒も入っていないようだった。


 王子の考えはまだしばらく纏まらないようだったので、私はおずおずと声をかけた。


「……殿下、よろしいでしょうか」

「なんだ」


 指が止まり、早い切り返し。

 厳しい立場に身を置く者の瞳は鋭く、それだけで私は小さく身震いした。

 リーゼロッテはよくこのお方の側にいられたものだ。


「私を疑わないのですか?」

「完全に信じてはいない。だが、疑う必要もないと思っている」

「と、言いますと?」

「……だって、お前じゃないか。ノーマに密命を下したのは」


 はたと思考が止まる。

 ノーマに密命。ロックウッドの反逆の可能性を言付けはしたけれど、ここに殿下がいるということはもちろん陛下に伝わっているんだろうけれど、……あれ?

 私は、ノーマに託した言付けがすんなり受け入れられるとは思っていなかった。


「殿下はそれを信じたんですか?」

「お前に、ノーマに嘘をつかせる力量はない」


 思わぬ事実に、私は頭をガンッと殴られた気分だった。

 王子が信じたのは私ではなかった。幼い頃から婚約者として顔を合わせ続けてきた、母に仕える敏腕の侍女に絶対的信頼を置いていたのだ。


「ノーマがキーパーソンだったのね……」


 ノーマの厳格さがここで私を救うとは。情けなくも安堵の息を漏らした。

 低い可能性であったとはいえ、これで私が殺されることも人質として使われることもなくなった。


 王子の呆れた眼差しがそれを物語っている。


 けれど、まだ安心はできない。

 確実に変わってしまったストーリーはその先を読むことができず、安堵と共に大きな不安として私にのしかかってきた。

 勝利はどちらが手にするのか。ううん、どちらにしても、王都軍を前にしたシスベルがどうなってしまうのか。

 黒の子供といえど、いくら力があっても、その身は人間には変わりないのだ。


 私はこれまでで一番の恐怖を覚えた。


「殿下、お願いがあります」


 きっと魔法を使えば、シスベルなら自分の身を守ることだけならできる。戦中に紛れて逃げ出すことだってできるかもしれない。


 けれど、私がここにいては。


 ロックウッドの目論見通り、シスベルは王都軍と敵対して私の元へと向かってきてしまうだろう。

 そうなっては、たとえシスベルが生き残ってくれたとしても、私に救える術は残されなくなる。


 私がシスベルを救う鍵となるなら、私はストーリーの中心へ飛び込まなければならない。


「私も前線へ連れていってください」


 その時を迎えるために、私はシスベルの元へ向かわなければならない。





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[良い点] 推しが尊い(わかる) 後ろ手に縛られてちゃ、そりゃあ身悶えしかできないですよね! いいぞいいぞ! シス✕リーゼ!!! (おやめなさいったら)※今更だった 王子が、ちゃんと王子として機能し…
[良い点] 婚約破棄ものの王子様は、高確率でおバカさんだと思っていましたが、如何にもキレ者っぽい所が新鮮です。 こうなってくると、『私は王国随一の策士よのう!』と寝言をほざいていそうなロックウッドさん…
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