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 反乱の首謀者と思しき人物との接触は徹底的に避け、屋敷で購入する物にも目を光らせ続けてまた一年。

 展開があるのはそろそろだろうかと思った矢先の突然の訪問者に、私は対抗策もないままに挑むことになった。


 いつもなら断るアポなしの訪問なのに、なぜこの招かざる客だけは招き入れたのか。

 これが原作の力かと、私は肩を落とした。

 

「突然の訪問を受け入れていただき、感謝します。マイルズ・ロックウッドと申します」


 応接室に通された招かざる客人は、三十代を過ぎた壮年の男だった。

 アポなしの無礼を詫びながら丁寧な挨拶をされ、私も動揺を隠して礼儀に習って挨拶を返した。


「リーゼロッテ・ヘンレッティです。どうぞお掛けください」


 着席を促し、真正面に私も腰掛けた。


 ロックウッドの名は有名だ。

 マフィアと取引をして麻薬を密輸・売買していた、裏社会の頂点に君臨する悪名高き家門だ。

 とはいえ、今はすでに爵位を剥奪され没落しているとリーゼロッテは記憶している。


 小説にロックウッドの悪行が記されることはなかったが、悪役令嬢であるリーゼロッテが彼を『悪』だと警戒している。

 生涯において関わりを持つことのない、正真正銘の『悪』だと。


「ヘンレッティ嬢のお噂はかねがね伺っております。一度、お会いしてみたかったんです」

「それは光栄です。かの有名なロックウッド卿が、なぜ私に?」

「ふふ、追放された者同士ではありませんか。思うところもあるでしょう?」


 含みを持って告げられるのは、まだ明言されていない反逆の意思と取れるもの。どう受け取るかは相手次第なのだ。

 ギリギリを攻めているようで、ロックウッドは隠す気がない。


「私と取引きしませんか?」


 マフィアを後ろに置き、裏社会を統率していたかつての覇気はいまだ健在らしい。

 背筋がぞくりとした。


「……何をお考えですか?」


 わざと問えば、ロックウッドは口の端を上げた。


「私は、私の地位を取り戻したいだけですよ。あなたも汚名を晴らしたいでしょう?」

「私は今の生活に満足しております」

「そんなに怯えないでください。あなたを悪いようにするつもりはありません」


 ロックウッドはおもむろに席を立ちあがり、私の横で足を止めると腰を折り曲げた。

 私の耳のそばで、ロックウッドが声を顰めた。


「私は、あなたが奴隷市場で買った黒の子供が欲しいだけです」


 さっと血の気が引いた。

 後ろに控えていたシスベルが私とロックウッドの間に割って入ると、ロックウッドはひらりと身を翻した。


「取引きはそれだけです。私にその従者を渡す。私はあなたの汚名を晴らす。王都で元通りの生活を送れますよ。悪い話じゃないでしょう?」

「は? なんで俺……?」


 話が見えないシスベルは困惑したが、大きくなった背に私を隠した。掴まれた手は力強く、きっとロックウッドだけならこの場で倒すこともできるだろう。

 けれど、ロックウッドに対する恐怖心は消えなかった。


 彼の自信溢れる佇まいから、背後には大きな力が潜んでいることがわかる。


「……急な話ですので、今日のところはお暇致しましょう。ゆっくりお考えになって、最善を選ばれますように」


 用意されたお茶を立ったまま飲み干すと、ロックウッドは軽快な足取りで応接室の扉に手をかけた。


「あぁ、そうだ。ひとつ伝え忘れがありました」


 扉に手をかけたまま振り返ったロックウッドは、憐れむような笑顔を私に向けた。


「その従者は魔法で人を殺していますよ。ヘンレッティ嬢の手に追えなくなるのも、時間の問題です」





 ロックウッドが屋敷を出たあと、応接室に残された私は震える膝で椅子に腰を落とした。

 大きく吐いた息も震えていて、手先は冷たくやけに肌寒く感じた。


「お茶を淹れ直しましょうか?」


 説明が欲しいだろうに、それを押してシスベルは気遣わしげに声をかけてくれる。

 けれど私はそれを断った。お茶を飲んでいる場合じゃなかった。



 まずい。とにかくまずい。

 小説には反乱とだけしか書かれていなかったけど、首謀者はかつての裏社会の頂点に立つロックウッドだった。

 反乱を起こすということは、つまりそれだけの勢力があるということ。マフィアがいまだに関わっているに違いない。

 前世でいうところの抗争だ。


「どこで目をつけられたの、私……」


 ロックウッドも言っていた通り、今日がはじめての対面だった。

 婚約破棄に追放にと名前だけは恐らく有名な私だけど、ロックウッドの目的は明らかにシスベルだった。私と取引きをしたいなんて嘘だ。

 なぜシスベルを知っているの? まさか、あの奴隷市場にロックウッドもいたというの?


 丁寧な話口調は紳士に見えて高圧的で、シスベルを渡さないのなら……と暗に含めていた。

 完全なる『悪』に脅されたリーゼロッテがシスベルを兵器として渡してしまったことにも納得してしまう。



 両手を握り合わせてしばらく考え込んだ私は、シスベルの目には怯えているように見えたらしい。

 もちろんそれは間違いではないけれど、シスベルの考える対象が間違っていた。


「俺のこと、怖くなりました?」

「……え?」


 やっとのことで顔を上げた私に、シスベルはわずかに眉を下げた。

 気づけば心なしか立ち位置に距離を感じる。


「さっきの男、言ってたでしょう。だから怖くなったのかなって」

「……人を殺したってこと? シスから聞いたわけじゃないから私は何も思わないわ」

「事実でも?」

「決して許されることではないけれど、それなりの理由があるんじゃない?」


 これまでのシスベルを見てきて、本心でそう思う。この人は無闇に力を使ったりしない。

 制御するための努力だって並外れている。


 当たり前な私の答えに、シスベルはなぜか泣きそうな顔をした。


「あんたって、変な人だよ」

「シスこそ変だよ。私のことに巻き込まれてるのに、そんな心配なんかして」

「……巻き込まれてるのはあんたでしょ」


 そっと近寄って手を取ると、瞳に涙を溜めたシスベルがぎゅっと握り返してきた。

 いつのまにか大きくて、剣を握ってからは硬くなった優しい手。冷たくなってしまった私の手がじんわりと温かくなった。


 あぁ、無理だわ。

 私の未来は関係なくして、この手を離すなんて考えられない。


「私、シスを手放したりしないから」


 ぽかんと口を開けたシスベルに、私はようやく恐怖から抜け出して笑顔を見せた。

 マフィアの抗争なんてバカらしい。小説でも王子が叩き伏せていたし、私はただシスベルをロックウッドに渡さないようにすればいいだけじゃない。


「シス……――一緒に逃げよっか」


 ロックウッドの目につかないように。

 反乱の行く末を見守り、ロックウッドが小説の通り「リーゼロッテ」の名を出さないか確認したいところだけど、何にも代え難いこの温もりを失いたくなかった。


「あんたの望むままに」


 爆破なんて危険な魔法しか使えない、不器用で優しい魔法使いは、私だけの従者なのだから。




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