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悪い予感しかしない出立

 長官が命じたのは、ペアの組み換えだった。

 新たに同行者となったヨハヌカン先輩とアルルカは満面の笑顔でがっちり握手を交わし、意気揚々と教務支庁を出て行った。二人はこれまで通り、バンディアスタラー管区で布教を続けるのだ。


 そして、残された僕は――教務支庁の玄関ホールで、仏頂面のロランと向き合って立っていた。僕たちの出発を見送ろうと、秘書官も傍らに立っている。

 足元に転がっているのは、大きな灰色の袋が二つ。

 本部から支給される旅のための装備だ。野営用の簡単なテントや毛布、調理器具、売上台帳、旅に必要な情報が書かれた分厚い資料などが入っている。僕たち二人の共用の荷物ということになる。


「荷物持ちは、てめぇの担当だ」


と、ロランがいきなり言い放った。

 僕はむっとした。荷物の山越しにこちらを睨みつけてくる眼光は、これまで何十人も殺したことがありそうな迫力で、正直足がすくみそうだが、()されっぱなしでいるわけにはいかない。


「命令しないでもらえるかな。いくら売上成績が良くたって、使徒の間には序列なんかないんだよ。神の目から見れば、どの使徒も同等なんだから。なんで僕だけが荷物持ちを担当しなくちゃならないんだ?」

「おまえ、今年高等神学校を卒業したばかりだろ? 俺は三年目。つまり、俺の方が先輩だ。後輩は先輩を敬いやがれ」


 それは、そうかもしれないけど……。

 たかが二年の差で先輩(づら)されることに納得できず、僕はロランを睨み返した。


 実のところ、こんな荷物など、僕の腕力ならまったく負担にならない。ヨハヌカン先輩と旅していたときも、共用の荷物は僕が二袋とも運んでいた。最初は二人で分担していたのだが――それをやると、先輩の歩く速度が極端に遅くなる。すぐにへとへとになる先輩のため、何度も止まって休憩しなければならない。僕一人で全部運ぶほうが早い、と引き受けていたのだ。


「わかったよ。僕が全部運んであげる(・・・)。君みたいに小柄な人には、こんな重い荷物を持つのは負担だよね。気がつかなくて悪かった」


 僕はロランの動きを目で追うことはできなかった。殺気を感じたとたん、とっさに荷物の袋を持ち上げて下半身を守ったのは、ただの勘だ。見たところ、ロランは相手の急所を狙って攻撃するタイプだし、僕の上半身の急所である顔を攻撃するには、身長が足りていない。

 小柄な体躯からは思いもかけないほど強力な打撃が荷物の塊に食い込み、金属製の食器がぶつかり合うにぎやかな音が響いた。


 ロランは、ほんの一瞬だけ、戸惑った様子を見せた。僕が重い荷物をこんなにすばやく持ち上げられるとは予想していなかったのだろう。

 けれども次の瞬間、僕は左の腰に痛烈な一撃を食らってよろめいた。ロランがすかさず、荷物をよけて横ざまに蹴りを入れてきたのだ。

 かなり痛い。これ、普通の人なら、痛みで立てなくなるような蹴りだな。僕は普通以上に頑丈なので、よろめくだけで済んだが。


「喧嘩はやめなさい! 神の使いともあろう者が、なんという体たらくだ!」


 秘書官の叱責の声がホールに響きわたった。

 ロランはさっさと扉から屋外へ出ていってしまった。僕は二つの荷物袋をかつぎ上げ、その後を追った。


     ◇ ◇ ◇


 チャニア帝国暦九二八年。ドヴァラス正教の最高祭司にして神の代理人である教皇デズデモーナ三世は、後に「教勢復活令」と呼ばれることになる指令を発した。その目的は、長らく停滞している教勢を盛り返し、約百年前の「躍進期」のような活気を教内に取り戻すことだった。


 かつて多くの使徒が布教熱に駆り立てられて大陸全土に散った「躍進期」には、神の教えが爆発的に広がった。どの町にも教会が築かれ、祭典日には信者があふれ返った。それはちょうどチャニア帝国が周囲の異民族との果てしない戦争を繰り広げている時代で、帝国の国境の拡大に合わせて、ドヴァラス正教もその勢力圏を広げていったのだ。けれどもドヴァラス正教はチャニア帝国の国教となってから勢いを失った。戦乱の時代が終わると、人々は平和と繁栄に酔い、神を忘れた。多くの信者が去り、教会はさびれていった。


 そんな現状を改革しようと立ち上がったのが教皇デズデモーナ三世だ。教皇は各地方に高等神学校を置いて、布教の専門家である使徒を積極的に育成し、それを全大陸へ派遣した。廃屋と化してしまった全国の教会に、再び灯をともすために。

 同時に教皇は、帝都アレリーズを中心にいくつもの巨大神殿を建築する方針を打ち出した。神殿建築という大事業が信者を鼓舞し、教勢を盛り上げるのではないかと期待したからだ。神殿建築の費用は、免罪符の販売で賄われることになった。


 こうして大勢の使徒が、「教会復興」と「免罪符の販売拡張」という二つの使命を担って、帝国全域に旅立っていった。



 僕がロラン・トリスティスと共に帝国南端のカロリック大平原へ足を踏み入れたのは、帝国暦九四三年のことだった。

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