05 コンビニ人間1✧︎
午前中は買い物客で溢れていたこのコンビニも、午後には客足がすっかりと遠退いていた。
隕石の衝突によって、人類が死に絶えるのは21時21分と予測されている──これは多くの天文学者がはじき出した共通見解だ。
あと5時間半もある。
「コンビニ人間』はたった161頁の物語。
二、三時間で読めてしまう。
じっくり味わって読んでも、あと2回は読める筈!
──なんという幸福だろう!
わたし以外、誰もいない店内。カウンターの中に堂々と、バックルームからパイプ椅子を持ち込んでゆったり座る。
お客様もいないので、店内に流れる音楽は、既に全て切っている。
冷蔵ショーケースのコンプレッサーの低い振動音以外に、コンビニエンスストアに音はない。
そして、わたしは店内の陳列棚からドリップコーヒーを取り出して、袋を開けてカップにのせた。そのカップに、ポットのお湯をコポコポと注ぐ。
淹れたばかりのコーヒーを、カウンターの上にコトリと置くと、黒い液体の表面に蛍光灯の白い光がとろりと回った。
コーヒーを一口飲んで──わたしは澄んだ心で、頁を開く。
最初の一文はこうだ。
“──コンビニエンスストアは、音で満ちている。”
この文章が目に飛び込むや否や、目から涙が溢れ出る。
続く物語が、頭の中で再現されるからだ。
紡がれる地の文は……ありふれた言葉ばかり。
にも関わらず、これらの言葉は怖いくらいの浸透圧で、わたしの身体を…………心を…………暴力的な強さでもって、侵食していく。
“──私は「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。”
──古倉さんが他者とのズレを抱えながらも、解消出来ず、時間だけが過ぎてゆき、気が付けば36歳。そんな心の叫びだ。
“──ドアをあければ、光の箱が私を待っている。いつも回転し続ける、ゆるぎない正常な世界。私は、この光に満ちた箱の中を信じている。”
──このコンビニの中でなら、社会と繋がっていられるという、痛々しいまでの信頼。
“──就職か結婚という形でほとんどが、社会と接続していき、今では両方ともしていないのは私しかいない。”
──歳とともに社会から切り離されてゆく古倉さん。
だが焦りのような感情はなく、その事実を第三者的に傍観するだけ。
作中内の古倉さんは、どこか感情が欠落した人間として、描写されている。
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