12 『マウス』1✧︎
──例えば『マウス』。
これは端的に言うと、百合小説……と、わたしは思っている。
沙耶香様は作家仲間から、“クレージー沙耶香”という二つ名で呼ばれていたらしいが、その“クレージー”な部分が削げ落ちた純粋に美しいストーリー。
彼女の作品にしては珍しく、性的な描写が一切出てこないのも特徴的だ。
これは内気な女の子の──“律”と、綺麗だけど歪で異物な──“瀬里奈”との──不思議な友情の物語。
だけど、この作品の通奏低音は、『コンビニ人間』と同じ──“生き辛さ”……だとわたしは思っている。
“──これからの二年間の小学校生活の流れを決める大切な日であるのに、どうしてそんなに上の空でいられるのか不思議だった。”
小学五年生の始業式──周囲の状況にまったく興味を寄せない瀬里奈を評した律の独白。
厳しいクラスのヒエラルキーの中、どうやって生き延びていくか? そのことだけに必死な律とは対象的だ。
地味で大人しい生徒の教室内での生き辛さは、律のこんな吐露に表現される。
“──点数の高い女の子は、いろんなことに気づかずにいられるんだなあ”
廊下で眼の前を通り過ぎる女子たちに点数をつけるという悪趣味な遊びをする男子たち。
これは、そんな男子のことなど眼中にないといった感じで、颯爽と彼らの前を闊歩してゆく早野さん(カースト上位の女子)を見たときの胸中の呟きだ。
もちろん男子たちは、委縮して俯くばかり(カッコワルイ)。
一方の瀬里奈は、律のちょっとした悪戯をきっかけに、世界に立ち向かう術を会得する。
“──私はなんと言っていいかわからず、口をつぐんだ。瀬里奈のしていることは危険なことには思えたが、瀬里奈はその方法で世界に立ち向かっていくと決めたのだから、私には何も言えなかった。”
童話『くるみ割り人形』を読み、主人公のマリーと自身を同化させることで、世界に対して堂々と振る舞う魔法を瀬里奈は身に付けたのだった。
その日から、彼女は威風堂々と立ち回り、クラスの生徒から一目置かれ、あっという間にスクールカーストを駆け上る。
そんな瀬里奈の出世を、滅多にないことだと興奮気味に祝福する律。
律が瀬里奈を評して──。
“──立っているとそれだけで価値がある女の子なんだなぁ”
と独白しているシーンが印象的だ。
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やがて律と瀬里奈は、カーストも、女子としての系統も、隔たりが深くなる一方で、自然と疎遠になってゆく……。高校も別々だ。




