10 揺るぎない『正常な』空間✧︎
ふと、店の外に目を遣ると、濃い闇の色が降りていた。
店内から零れる僅かな光が、店の前の歩道を寂しげに濡らすだけで、他に明かりは何もない。
わたしは外の空気が吸いたくなって、パイプ椅子から立ち上がり、コートを羽織って外に出た。
チャイムの鳴らない自動ドアが、無言でわたしを送り出す。
────外の世界は、まるで馴染みのない光景だった。
山の手を貫く国道脇にあるこのお店。
普段であれば、数秒に一台のペースで、目の前を車が通り過ぎてゆく。
なのに今日は、車は一台も走っていない。
坂の下の港街までずっと続くこの幹線道路に──動いているモノは一つもなかった。
道路の周りに広がるのは住宅街。
家屋にはポツリ、ポツリと温かそうな光が点っている。その明かりだけがヒトの存在の証しであるように思われた。
人の住むコンクリートの箱たちは、眼下の港街にいくほどに密度を増し、瞬きながら冬の空気に触れている。
だけどそれらの明かりの数は、いつもに比べて遥かに少ない。
海の間際にある観覧車も──普段であれば派手な電飾を明滅させて回っているが、今日は明かりを灯すことなく止まったままだ。
まるで街全体が──必要最小限の呼吸だけで、命を繋いでいるようだった。
わたしの吐く息は、瞬く間に白くなり、漆黒の闇の中に溶けてゆく。
そんな寒空の中、地球最後の日の光景を、網膜に焼き付けるようにずっと眺めていた。
──やがてすっかり身体が冷えたわたしは、コンビニエンスストアの中へと戻った。
澄んだ冬の空気の中、清らかな光を放つガラスの箱。
古倉さんが信じた揺るぎない『正常な』空間──世界との接点。
中に入ると、当たり前だが、温かい。
そして、今さらだが、音のしない店内はどこか不気味に感じられた。
壁の時計を見上げると時刻は丁度19時だった。
カチカチと時を刻み続ける秒針。
その音が鼓膜を穿つ。