表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/5

エピローグ

エピローグ


 窓の外、中庭には桜の木。開花はまだまだ先らしく、つぼみのままだ。卒業ソングって桜関係の曲多いけど、実際に満開になるのは、四月入るか入らないかぐらいらしい。

 今日は僕たちの卒業式だった。終了後、戻ってきた教室、生徒は席に着いている。教壇に立つ先生が口を開く。

「卒業式ご苦労さん。今から自由時間だから、校外に出なければどこに行ってもいいけど、十二時には席に着いてるように。じゃあ一度解散」

 ほとんどの人が、卒業アルバム片手に立ち上がった。アルバムの最終ページには少しだけスペースがある。この時間はそこに、いろんな人に名前を書いてもらうため、学校を回るのが慣例らしい。

「大庭君」

 振り向いた先では、服部さんがほほ笑んでいた。

「よろしく」

「うん」

 僕たちはアルバムを交換した。


 服部さんとの関係は、三年間続いた。幸運にも、クラスはずっと同じだった。だけど、一度も一緒に遊んだりはせず、時々、勉強教えたり、歩きながら喋ったりするぐらいだった。呼び方も、なんとなく恥ずかしくて、さん付けから変えられなかった。

 それと、何度か彼女の試合を見に行った。サッカーしている姿は、本当にかっこよかった。


「紗江ー、大庭君の終わったら一緒に八組行こー」

 教室の入り口で、二人の女子といる金沢さんが、こっちを見て言った。

「わかった。もうちょっと待って」

 そっちを見て答えてから、僕の方を向いて、

「また後でね」

と口にした。


 一年生の夏休み直前、二人は仲直りしたみたいだった。女子の間でイジメがあり、標的が金沢さんで、その解決に、服部さんがすっごい力尽くして、二人はわかりあえたらしい。詮索しない方がいいことだと思ったから、詳しいことは知らないけど。

 

 書き終わり、服部さんは、金沢さんの方へ早歩きで向かう。

 二人は連れ立って教室を出て行った。

 誰かと誰かが仲良くしているところは、見ていて気持ちいい。あの子の理解者が増えて良かった。


 僕は三年一組に向かった。

 中では壁にもたれて、赤崎と二人の男子が話し込んでいる。

「赤崎」

 僕の呼びかけに、赤崎はこっちを向き、

「おう、んじゃよろしく」

とアルバム片手に近づいてきた。

 

 一年生大会の初日、僕は検査を受けた。その結果は、過剰なトレーニングによる慢性疲労状態、いわゆるオーバートレーニング症候群だった。それから部活では、軽いウォーキングやジョギングだけをした。一ヶ月ほど続けると治ったのか、異常な息切れなんかはなくなった。

 大会の最終試合、僕は左サイドバックで出場した。結果は1対5で負け。そのうち、四点は僕の責任だった。一か月もまともにトレーニングしなかったから当たり前だけど、それでも四失点はひどい。でも僕は、必要以上に落ち込んだりはしなかった。服部さんに言われた通り、サッカーに色々引っ付けるのはやめることにしてたから。

 二年になって後輩ができた。今度はやり過ぎないくらいに毎日トレーニングしていたから、二試合に一試合くらいは割とまともにやれるようになっていた。僕はサイドバックとしてBの試合に出ることが多く、スイーパーをしていた一年生にぼろくそに言われることが多かった。年下に口うるさくされるのはあまり愉快なものじゃないけど、忠告は素直に受け止めて、僕なりにプレーを改善したつもりだった。

 三年の四月、ある練習試合で、僕は右サイドハーフでB戦に出た。先生もそろそろやれると思ってくれたんだろう。終了間際、敵ディフェンスからのクリアボールを、ダイレクトでシュート。ボールは、ゴール右隅に吸い込まれていった。人生初得点。最高の気分だった。

 結局、一度もAには出ることはできなかったけど、僕は満足していた。この三年間、全力で打ち込んだ自信があったからだ。キャプテンは僕にしかできないことがあると言った。それができたと断言はできない。だけど、チーム一の運動音痴の僕が必至でみんなについていく姿から、みんなが何か感じ取ってくれてたら嬉しい。

 赤崎は三年間、ずっと心地よい距離感で僕のことを気にしてくれていた。一年生大会の間も、点を取られまくる僕にキレたりせず、成長するのを待ってくれた。感謝してもしきれない。


「大学行っても頑張れよ。おうつくしい彼女もいることだし」

 書きながら真顔でからかってくる赤崎。

「……うん。まあ、ありがとう」

 この性格はどうかと思うけど。

 

 赤崎とのアルバム交換を終えて、三年四組に向かう。

 教室内に入ろうとすると、出てきた人とぶつかりそうになった。

「おう、悪い。って大庭か。ちょうどよかった。書いてくれ」

 神田は片手で自分のアルバムを差し出した。


 あれから神田は、時々部活にきてくれた。彼の存在は部員にいい意味での緊張感を生み、その日の練習はいつも以上にいいものだったと思う。僕と組んで練習することもあり、たくさんアドバイスをくれた。服部さんのことがあるのにこうやって助言してくれる神田は、生粋のサッカー選手だと思う。


 神田は書き終えると、真面目な顔で僕を見て、

「大学でも頑張れ」

と、つぶやくように言った。

「うん」

 お互い余計なことは口に出さない。それはあの日に済ませていたから。


 四組の教師を出ると、

「あ、侑ちゃんだ」

「おう、侑司。書いてくれ」

と、後ろから声がした。

 振り向くと、アルバムを片手に持った恭平と村瀬さんがいた。


 僕は理系、この二人は文系なので、二年からはクラスが別になった。彼らはいつでも話を聞くと言ってくれていたけど、僕はあれから、一度も相談に乗ってもらったりはしなかった。アドバイスをもらってそれに従うのもいいけど、自分のことは自分で決めるのも大切だと思ったから。

 自分を変えようと努力してきたつもりだけど、僕は、あのときの恭平みたいな完璧な方法で、好きな人を守れるようになったとは断言できない。でもこの三年間、僕なりに服部さんのために頑張ったつもりだった。言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、恋愛って色々な関係性があっていいんじゃないかと思う。


「十二年か。長い間、ありがとね」

 書きながら村瀬さんがつぶやいた。

 アルバムを返し合う。

 恭平は満足そうな表情で、僕の目を見て、

「これからもよろしくな」

と言った。

「うん、こちらこそ」

 君らと出会えて、幸せでした。


 十二時になり、生徒は教室に戻ってきた。

 先生の最後の言葉の後、静寂が破れる。僕は鞄を持って、服部さんの席に向かった。

「帰りながらちょっと話さない?」

 彼女は座ったまま、僕を見上げた。


「あっという間だったね」

 まだ人の残る学校の廊下、服部さんがつぶやくように言った。

「うん」

 三年間、色々なことがあった。思うようになったこと、ならなかったこと。まあでも、振り返ってみると、いい高校生活だった。

 僕はサッカーを続けるつもりだ。できれば一生、サッカーに関わっていきたい。

 これから何が待っていてもうまくやっていける、そんな自信が、高校でのいろんな人との関わりを通して生まれていた。

「これからもよろしくね」

 服部さんがこっちを見て微笑む。

「こちらこそ、よろしく」

 僕たちの道は続いていく。

(完)


以上で完結です。

楽しんでいただけたでしょうか。

自分で読み返して、今と比べてだいぶ文体など変わっているなと感じます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ