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地球最後の親切をテロリストに

「ありゃりゃ、避けたね」


「避けたわ」


 ここは何処かの雲の上、一人の天使と一人の悪魔が下界を見下ろしていた。


「見てて、次の人間も避けるよ」


「いいえ、次は避けないわ」


 二人の見下ろす先には、一人の老婆が大きな荷物を背負って横断歩道を渡ろうとしている。しかし、老婆の渡ろうとしている道路は道幅が広く、彼女の歩幅では渡りきることは難しいだろう。誰かの手助けが必要だ。


「ほら避けた」


 道行く人は都会特有の均一な歩幅で道路を横断し、ちっぽけな老婆に目もくれない。信号はたちまち赤に変わってしまった。


「ここまで薄情だとは知らなかったわ」


「僕は知ってた」


「それにしてもあのお婆さんは何処へ行くのかしら?」


「さあね」


 老婆の対岸にはその国の国会議事堂がある。彼女の目線を見るに、目的地はどうもそこらしい。しかし、老婆がたった一人で国会議事堂へ何の用なのだろうか。国の行く末を憂いて三本足で立ち上がったのだろうか。


老婆は大きな荷を背負っていた。一昔前ならまだしも、科学技術の発達した現在において、重たい荷物を自身で運ぶ人間は珍しい。大抵、運搬ロボットが横に付いて援助をする。これを見るに、彼女の荷物はどうやら普通の物ではないようで、大層大事そうに、ぶつけてしまわないように細心の注意を払っている。


「きっとあの荷物はうんと大事なものなのよ」


 天使は純情無垢な顔を心配そうに曇らし、老婆の歩みを見下ろす。それを悪魔は小さく鼻で笑い飛ばし、


「でも、あれ爆弾だぜ?」


 と一言突きつけた。


 老婆の背負っている物は一メガトン級の核爆弾だった。それを風呂敷で幾重にも包んで背負っているのだ。風呂敷の隙間から赤いランプが明滅していた。


「本当に誰も声を掛けないわね。気が付いていないのかしら?」


「気付いていないね。僕が断言する」


「爆弾なのに? 爆弾は人を殺すのよ? 近くにいればただでは済まないわ。それでも?」


「連中は馬車馬と何も変わらないからな。周りが見えるはずもない。見えるのは前だけさ」


 信号が青になった。老婆は渡ろうとするも、その足の遅さから断念してしまう。その横をスーツを来た男女らが通りすぎていった。


「本当に誰も逃げようともしないわね」


「な、言っただろう?」


 老婆は何度も渡ろうと横断歩道に足をかけたが、やはり渡り切れないことを予感しているようで、もう一歩を踏み出せず断念してしまう。そのやり取りが八回繰り返された。


 そして九度目、一歩を踏み出したところ、一人の青年が老婆に声を掛けた。彼は現代人に珍しく馬車馬ではなかった。清々しいいい目を持っていた。


「あっ、見て。やっぱり優しい人間もいるのよ」


「ふうん、珍しい」


 悪魔がぶっきらぼうに言う。


 青年は老婆から荷物を受けとると、それを担いで大股に道路を渡った。老婆もその後ろから幾分か軽快についていく。渡りきると老婆は青年に深く感謝し、青年も朗らかな笑みを浮かべて別れた。


「人間も捨てたものじゃないわ」


「でも、あれ爆弾だぜ?」


「でも優しさは生きているわ」


 国会議事堂が目の前になっても、老婆が背負った核爆弾を指摘する者は誰もいなかった。逃げだす者もいない。


 そのまま核爆弾は誰にも気づかれることなく爆発した。


 数日後、天使と悪魔は再び下界の様子を見ていた。するとテレビのニュースキャスターがこの前の核爆発の事件を報道していた。


「見ろ、犯人は婆さんを助けた青年になってるぞ」


「そんな、どうして?」


「そりゃそうだろ。あのまま婆さんを向こう側に渡さなければ爆発しなかったんだからな」


「彼はただの親切心だったのよ?」


「何を言っているんだ。すでに優しさは人を殺す時代なんだぜ」


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