気持ちのよい朝とボストンバッグの底
今朝、僕が駅までの道を歩いていると道路の端の白線に重なるようにボストンバッグの底が落ちていた。破れていたとか、切り取られたという風ではない。周囲に荷物が散乱しているわけでもない。本当にどうして落ちているのかまるでわからなかった。
僕は知らぬまにバッグの底まで引き寄せられていた。慌てていて落としてしまったのだろうかと推測してみたが、よく考えてみれば底を落とすという思考自体意味が分からない。底とはバッグに縫い付けられるべきものであり、底が抜けるとは言っても落とすなどと言わないはずだからだ。
幸い、周りに人の姿はなかった。僕はもう少し積極的になることにした。裏返してみれば何かがわかるかもしれない、と底をその辺に落ちていた枝を使ってひっくり返してみた。すると、裏側は擦り切れて下地の堅いプラスチック板が見えていた。
僕は困惑した。何故、破られたわけでも切り取られたわけでもない、ただ落ちていたボストンバッグの底が使用感にまみれているのだろうか。僕には用途が思い付かない。尻に引いて土手を滑る? いやいや、段ボールでいいだろう。そちらの方が大きいし入手する手間もかからない。何かの下敷きに使う? それもまたおかしな話だ。わざわざボストンバッグの底でなくてよい。
僕は自分が探偵になったような気がした。真相を突き止めなければ、という言い様のない不思議な使命感に駈られた。被害者はボストンバッグの底(性別不明)。事件性は極めて高いものの、切り取られたり底が抜けたときに見られるような切れ端の付着がないため、極めて難しい案件になると思われる。また、底の外側の外的損傷は一様に古く、今回の事件とは直接的な因果はないものとする。
ハンチング帽とキセルが欲しいところだが、まあいい。
◆◇
皆さんは人形を片時も離さない小さな子供を見たことは無いでしょうか? では、ボストンバッグの底を手放さない女の子は? ちなみに後者は私になります。私は小さな頃にボストンバッグの底に出会って以来、片時も手放せなくなりました。
ですが、つい先日大事なボストンバッグの底を落としてしまい、今朝も珍しく寝坊してしまったのです。お陰で、髪の毛はぼさぼさ。朝から憂鬱な気分でした。
そのきです。駅への道を急いでいると、私の暴れ髪がビビビと懐かしい空気を検知しました。本来ならば無視すべきところなのですが、何故か足が止まりません。あれよあれよという間に大元まで来てみると、そこには一人の男の子が私が落としたボストンバッグの底の周りをぐるぐるしているではありませんか。
「な、何をしてるのですか……?」
「見ての通り捜査をしている。君もそんなところで……いや、僕は何をしているんだ?」
男の子は立ち止まって顎に手を当てます。
私もぼさぼさの髪に手を当てます。
なんだか今日は変な一日になりそうです。




