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宗谷と長門

日本海軍連合艦隊の事を覚えているものは幸せである。

心、豊かであろうから。

だが、我々は思い出す事のできない性をもたされたから。

それゆえに、特務艦宗谷の語る次の物語を伝えよう。



守って、百年先の未来まで

伝えて、百年先の未来まで



あぁ、お客様ですね。

いらっしゃいませ。

ごめんなさい、最近、とても眠くて、起きていても、そこらじゅう痛いだらけなものですから、眠ってばかりいます。

今も、懐かしい夢を見ていました。

えっ、昔の話をして欲しいんですか?

南極に行っていた頃の事ですか?

あのかわいらしい犬のタロとジロの事ですか?


えっ、もっと昔。


戦時中の頃の話ですか。

あらあら、まぁまぁ、長らく誰も聞きに来なかったし、興味ももたれなかったのに、時代が変わったんですかね。

最近は聞きに来る人が増えました。

何からお話しましょうか。


あの頃の仲間たちの話が聞きたいんですか?

じゃあ、たくさん、艦娘を見かけた、観艦式のお話をしましょうか、それとも一緒に南方へ旅をした睦月さんたちや、夕張さんの話がいいですか?。

えっ、長門さんの話がいいんですか?

 

そうですか、うん、あれは・・・

昭和二十年(西暦千九百四十五年)八月 横須賀軍港

長門さんは全身に数えきれないほどの爆撃を受け、中破し、満身創痍の身でありながら、私に覆い被さり、己の身を盾として私を守ろうとしてくれていました。


「長門さん、止めてください。

私の為にそこまでしてくれなくても…」


思わず叫んだ私の顔の上にぽたりと一滴、赤い雫がしたたり落ちました。

長門さんの血です。


「大丈夫だ。私を誰だと思っているんだ。

やせてもかれても、元連合艦隊旗艦、ビッグセブンの一角の戦艦長門だぞ。

これくらい、かすり傷さ。

そんな事より黙って匿われてろ。

下手に喋ると、爆撃の衝撃で舌を噛みかねないからな。」

長門さんはそう言って笑いました。


ですが、頭部の髪飾りは折れ曲がり、どこか頭部を損傷したのでしょうか、美しい艶やかな長い黒髪は出血で赤黒く染まっているし、身体中傷だらけの痛々しい姿です。

とても、かすり傷などではありません。


それでも長門さんは己が身の下に私を匿い、爆撃を受けながら、私を庇い続けてくれたのです。


しばらくして、戦争が終わり、私たち生き残りの艦娘はすべて横須賀に集められました。

かつて、行われた観艦式の時に見た、あれほどの偉容を誇った連合艦隊は壊滅し、一緒にお客様を接待した明石さんや間宮さんを始め、たくさんの仲間たちの姿はほとんどなくなっていました。

残っているのは、長門さん、鳳翔さん、葛城さん、高雄さん、妙高さん、北上さん、酒匂さん、雪風さん、響さん、潮さん。

たったこれだけしか残らなかったんだ。と私は思いました。

私は長門さんに駆け寄り、問いかけました。

「どうして私を守ろうとしたのですか?」

と。


「私は連合艦隊の旗艦で、世界最強の七大戦艦の一角にありながら、実際に砲を撃ち戦った事が無い。

いつも遠くから見ているばかりだった。

誰も助けられなかった。

ただ一人の姉妹艦である陸奥が爆発事故で沈んでいくのさえ、見つめているしかなかった。

誰も守れなかった、誰も救えなかった。」

長門さんは私を見つめました。

「もう戦争は終わった。我々の負けだ。

せめて一矢むくいてやりたかったと思っていたが、燃料、弾薬は尽きはてて出撃もままならぬとなっては、難しかったろう。


と言っても、世界最強の戦艦と言われたこの長門が、何もなせないまま、誰も守れないままに終わるのは嫌だった。

せめて、誰かを守って終わりたかった。」


「その守るべき相手が私だったんですか?」

私の問いかけに長門さんはどこか遠い目をして虚空を見つめました。

「戦いが終わって、これから、私を始め生き残っている艦娘の仲間たちは、賠償艦として敵国に引き渡される事となるだろう。」

再び長門さんは私を見つめました。

「だが、宗谷、お前は違う。

戦うために作られた私たちと違って、元々、測量のための観測船であり、軍艦でないお前は日本に戻され、再び、お国の為の任務に着くようになるだろう。


だから、お前は生きろ。


生きて私たちが成し遂げられなかった事を為して欲しい。


敵国は私たちの誇りを貶め、アジア支配という悪なる野望を抱いて戦ったが故に負けたのだと。

国力の差故に負けたのではない。

正しくなかったから負けたのだと。我々が悪だったゆえに負けたのだと。

喧伝してくるだろう。


だから、伝えて。

帝国海軍連合艦隊という誇り高きものたちがいたという事実を。

我々はけして、我欲のために戦ったのではない。

全ての人の平等と命と平和を守るために戦ったのだ。

という真実を。

我々は誰からも後ろ指をさされ、あしざまに罵られるような事など、何一つしてはいないのだと。」


「そんな事、私にはできません」

私がそう言うと、長門さんはにっこりと微笑み、

「宗谷なら出来るさ。

いや、きっと宗谷にしかできない事だ。

稀代の幸運艦と呼ばれ、数々の奇跡を成し遂げた宗谷なればこそ、成し遂げられると、私は信じている。

だから、私はお前に託すのさ。

守って、百年先の未来まで。

伝えて、百年先の未来まで。

それが連合艦隊旗艦長門から特務艦宗谷へ頼める最後の任務だよ。」


「最後だなんて、きっとまた会えますよ。」

私がそう言うと、長門さんは厳しい顔をして

「いや、無理だろう。先にも言ったが、私は賠償艦として敵国に引き渡されるだろう。

中破までの損傷をしている私を、わざわざ修復して使ってくれるとは思えない。

おそらく標的艦か何かにして、惨めに無様に沈めさせて、その様を


お前達が頼りにしていた連合艦隊旗艦の長門はかくも無様に沈んだのだ。


などと言って、公開するのだろう。

そうすれば、奴らの復讐心も満たせるし、我が国の国民達の心も折りやすいしな。」


長門さんはもう死ぬ事を覚悟しているんだ。

私は悲しい気持ちになって、知らず知らずのうちに唇を噛みしめ、涙を流していました。

でも、長門さんはにこやかに笑い、

「だが、奴らの思惑はどうあれ、私が奴らの思い通りになってやる義理などないからな。

抗ってみせてやる。

武蔵は発もの魚雷、発もの爆撃に耐えたというが、それには及ばなくとも簡単には沈まぬところを見せてやる。

無様な姿など晒すものか。

私は帝国海軍連合艦隊旗艦の長門だ。

死にだって誇りがあるさ。

私の戦いはまだ終わってないんだ。

だから、お前はお前にしかできない戦いをしてほしいんだ。

私からの任務、受けてくれるな。」

と、言いました。

私は滂沱の涙を流しながら、敬礼し、


「長門さん。

わかりました。

特務艦宗谷、任務、拝命します。」

と言いました。

たぶん、顔中、涙で濡れて、しゃづくりあげていたから、ちゃんとした返事を返せていたかわかりませんが、長門さんはにっこり笑って、敬礼をし、

「うん、よろしく頼む。」

と言いました。


そして、

「あぁもう。涙でびしょ濡れじゃないか。

かわいい顔が台無しだぞ。

さぁ、もう泣き止んで。」

長門さんはそう言って私の溢れ出る涙を拭ってくれました。

それが私と長門さんとの最後でした。



翌千九百四十六年七月。

その頃、私は引き揚げ船として、大陸や島に残された人々を日本本土に連れ帰っていました。

ある日の夜。

私は不思議な胸騒ぎがして、東南の海を眺めていました。

何が見えるわけでもありません。

でも、何か気になったのです。


何だったのか、後から知りました。

その頃、遠くビキニ海礁で原爆実験が行われ、長門さんは標的艦にされ、二度の原爆の衝撃に耐えました。

しかも、二発目の時は長門さんを沈めるためにわざわざ穴をあけ、爆弾を取り付けたにもかかわらず、沈まずに耐えきった末に、四日後の夜のうちに誰にも沈みゆく惨めな姿を見せる事なく、静かに忽然と海上から姿を消していたのです。


それがその日の夜でした。

たぶん、きっと、あの夜の事は長門さんからの別れの挨拶だったのかもしれません。


それから長い時間がたちました。

戦争が終わってからも、私は戦地に残された人々を内地に連れ戻したり、幾度も南極に行ったり、灯台を回ったりとたくさんの任務を忙しくこなし続けました。

どれもこれも難しくも大切で重要な任務ばかりでした。

それでも、私の心の中には長門さんと交わした約束がありました。


気が付けば、あの日生き残った仲間はもうすべて沈んでしまったか、解体されてしまって、私以外誰一人も残ってはいません。


そして、かつてしてもいない事をしたと言われて、日本軍の行いは全て悪だと言われるようになりました。

これではいけない、みんなに伝えなくてはいけない。

長門さんとの約束を、私たちが何のために命をかけて戦ったかを。何よりも真実を。


だから、私は今もこうしてここで皆さんを待っているのです。

私が見てきたすべて皆さんに伝えるために。



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