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創馬と蟻との共生 side アリカ

-----side 一般兵-----


木から湧き出す蜜を舐めた瞬間、彼女は霧が晴れたような感覚を味わった。


本能のみに従い行動していた彼女に意思の萌芽が生じた現れである。


彼女達の行動は生まれる前から持っている原理に支配されていた。


子供部屋(卵置き場)に湿気をこもらせてはいけないこと、食べ物が必要な時は足跡(フェロモン)を辿ること、他にも多くのことを生まれながらに知っており、それに従って行動することが家族全体の利益へと繋がっていた。


蜜を舐め、彼女の意識に大きな変化が訪れた後もそういった行動は同じように行われていたが、その意味合いは少しだけ変化していた。


獲物を見つけた時にはおいしそうにそれをほおばる子供達の姿が、子供部屋の管理をする時にはまだ柔らかな足を器用に使い卵から這い出すかわいらしい姿が目に浮かぶようになった。


単純な感情に従って機械のように生きていた日々が終わり、愛と使命と蜜を与えた不思議な木へのほんの少しの感謝を胸に、彼女は充実した日々を生きるようになった。


変化はそれだけではない。


離れた場所で起こった異変にも気づくようになったのだ。


神経節に直接声が響く感覚。


相手に直接触れての簡単な意思の疎通しかできなかった彼女達にとって、声という概念そのものが未知のものであったが、その天啓とでもいうべき何かは身の回りに起こる異変を彼女達に知らせてくれるのだった。


崩れかかった部屋があればすぐにそれがわかるようになったし、自分達に成りすまして食べ物をくすねる芋虫にも気づけるようになった。


なにより変化したのは、食べ物の探し方だろう。


声に従えば足跡のない場所にある食べ物にも辿り着けた。


彼女は誰よりも早く食べ物を見つけ、新たな足跡を残せることがなにより誇らしかった。


自分が見つけた食べ物によって、お腹を空かせた子供達はもっとたくさんのご飯が食べられるようになるだろう。


もっとたくさん食べ物が見つかれば、もっとたくさんの子供達が生まれるかもしれない。


過去も未来も彼女には存在しなかったが、目の前には明るい光が広がっているように感じられた。



巣穴のすぐ近くで動きの鈍い甲虫を見つけた。


口の周りの毛には蜜がべっとりとついている。


ここらに生えている葉の蜜だろう。


彼女達が舐めてもなんともないが、他のやつらには毒になるらしい。


どういうわけかはわからなかったが彼女達にとっては好都合だ。


正直、その甲虫自体は数が揃えられれば問題なく狩れる相手ではあるのだが、そもそも出会うまでが運次第で、しかも数が揃う前に逃げられる可能性もある。


それが、食料の方から勝手に巣穴近くまで寄ってくるようになった上に逃げられる心配もないのだ。


そういった複雑なことを彼女は理解していたわけではなかったが、漠然とこの植物が目立たない方法で狩りを手伝っていることには感づいていた。


甲虫を抱えたまま、穴を先ほどの蜜を出していた植物のツタに沿って進んで行くと、木が生えた部屋まで辿り着く。


木の幹は太く、壁ギリギリのところまで迫っており、見上げると木はそのまま部屋の上部を突き抜けていた。


彼女は抱えていた甲虫の甲殻を毟りとり、頭くらいの高さにあるうろにつっこむ。


いつの頃からか定着していたお供え物のような習慣である。


そして、残った部分、というよりむしろメインである柔らかい腹部などを抱え、自分が持ってきた肉を子供達が我先にと頬張る姿を想像しながら彼女はそろそろと食料庫に向かった。



-----side 女王-----


産卵室の入り口から自分の娘が現れたのに気づき、女王は体を横にした。


絶え間なく続く産卵に疲れたからではなく、体の小さな娘と顔の高さを揃えるためである。


女王にとって産卵は唯一の仕事であり、存在意義でもあったため、どれだけ疲れようともそれに苦痛を感じることはない。


娘は母親の横にまわり、口を重ねた。


無論、女王に食事を与えるためである。


産卵以外は女王の仕事ではないので、食事や身繕い、その他一切は娘にまかせっきりだった。


口の中に甘い蜜が流れ込み、同時にそれまでうっすらと意識を覆っていた霞が消え去る。


そして次の瞬間、大量の情報が流れ込み神経節が悲鳴を上げた。



意識を失っていたのはさほど長い時間ではなかった。


横には食事を持ってきた娘の他に異変を察知した何匹かの娘もおり、せわしなく動き回ったり触覚を使ってパチパチと女王の体を叩いたりしていたが、女王が意識を取り戻したのに気づくとまた平常の仕事へと戻っていった。


彼女に起こった変化の影響はあまり大きくはなかった。


結局のところ、蜜によってもたらされた一般兵の変化は、自らの行為が子供達に間接的にどう影響を与えるかを漠然と感じられるようになった、というものである。


蜜を舐める前から卵を産む度に身を震わすほどの多幸感を味わっており、それ以外の一切を娘達に任せていた女王にとってその変化の影響は微々たるものであった。


要するに、娘達が蜜を舐めることで初めて手に入れた幸福感や使命感を女王は初めから感じていたのである。


意識の変化の他に、女王に起こった主な変化は2つ。


1つは、巣の形状と巣内の湿度を産卵室にいながらにして感じ取れるようになったことだ。


しかし、巣の管理も女王の仕事ではない。


女王は巣内の湿度が常に一定に保たれていることもそういうものなのだろうと思っていたし、ましてや巣内のゴミが不自然に消えていることなど気づくはずもなかった。


もう1つは、神経節に流れ込んだ大量の知識なのだが、これは女王にとって必要のないものばかりであったため、再び思い出されることはなかった。


女王のやることは変わらない。


蜜を舐めてなにが変わろうが、可愛い我が子を産み続けるだけであった。

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