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穴の中の物語 side アリカ

この回から何話かは視点が変わります。

お付き合いいただけるとありがたいです。

-----side 女王-----


空中での逢瀬の後、彼女は地上へと降り立った。


空飛ぶ獰猛な肉食獣たちに狙われる心配はもうほとんどないだろうが、まだまだ安心することはできない。


蜘蛛や別種の蟻といった地上の脅威は、これから新居を構える新女王や逢瀬を終えて墜落したオス達の気配を敏感に感じ取り、辺りを探索しに来ていることだろう。


他の奴らが食われている間になんとか自分だけは身を隠す場所を見つけなければならない。


たとえそれが姉妹であろうと自分以外のものは皆、囮も同様であった。


羽がちぎれるのも構わず必死に辺りを這いずり回り、彼女は身の丈の10倍ほどもある巨岩を見つけた。


彼女はその巨岩の陰に身に寄せるが、それから一息つくこともなくすぐさま穴を掘り始める。


自分を埋める穴だ。


岩陰にいれば少しの間は身を隠すことくらいできるかもしれないが、数日の内には外敵に見つかり、お腹の子共々餌食とされてしまうだろう。


お腹の大きな彼女にとって自分の身が隠せるほどの穴を掘るというのは相当な重労働であったが、それでも一度も手を止めることなく穴を掘り続け、ついに自分がすっぽり入れるほどの穴を掘り終えた。


彼女は暗闇の中、やっとのことで手に入れた安寧を噛みしめる。


穴の入り口はすでに土で埋めているので、もう敵に襲われることはないだろう。


安全な住処を手に入れた彼女は待ちかねていたように産卵を開始する。


腹部に意識を向けると、卵が卵管をゆっくりと通り心地よい圧迫感が返ってくる。


それまでに感じた恐怖は全て、新たな命が生まれる感動へと変わっていった。



数週間して、卵は次々と孵っていく。


発育が悪かったいくつかの卵は彼女の体へと還ってしまったが、ほとんどの子ども達は無事に生まれてくれた。


彼女自らは何も食べていないにも関わらず、自分の体を栄養へと変えて口移しで子ども達に分け与えていた。


彼女の中には、自ら産んだ卵を食らう残酷さと絶食しながらも子ども達には食事を与える慈愛とが少しの矛盾もなく同居していた。


長い絶食生活のために、かつては大きな羽でもって彼女の身を浮き上がらせていた胸筋はやせほそっていき、今では見る影もない。


それでも、女王は生まれたばかりの子ども達への親愛を表すように、体についた汚れをかいがいしく舐めとり身繕いをしていた。


この女王の慈愛と自己犠牲の日々は、子ども達が穴の外へ食料を採集に行くようになるまで続く。



そして1年後、かつて1匹の女王が身を丸めながら暮らしていた小さな穴は、今では深さ3m、個体数は2万にも及ぶ一大国家へと変貌していた。


-----side 一般兵-----


彼女は足跡を追い続けていた。


目の悪い彼女達にとって足跡は道標であり、広大な外の世界を探索する数少ない手がかりであった。


足跡の先にあるのは虫の死骸か、それとも落ちた果実か。


どういうわけか、それを辿るといつも食べ物が見つかった。


彼女自身は知る由もないことだが、足跡には過去にあった出来事が反映されていた。


過去の出来事はより良い行動選択を行う上で不可欠の情報だが、彼女はそれを記憶するだけの神経組織を持っていない。


過去を記憶できなければ、身一つで有り余るほどの食料に出会ったとき、その多くをその場に残したまま巣に戻らざるをえないであろう。


結果、再び食料を求めて当てのない探索を繰り返すことになる。


出会う食料のほとんどがその身よりも大きい彼女には、それを失うデメリットは計り知れないものだ。


しかし、足跡のおかげで彼女達はそのデメリットを甘受することはなかった。


彼女達の足跡はどんな道にも残すことができる。


食べ物を見つけた際に、帰り道に食料の発見を示す足跡を残すようにしておけば、それを見つけたところにまた辿り着くことができたし、他の仲間もそれを運ぶのを手伝ってくれた。


足跡は時間経過にしたがってどんどん薄くなってしまうが、それも食べ物がまだそこにあるかを判断する手助けになった。


何度も通れば足跡は濃くなり、食べ物がなくなれば足跡はなくなっていく。


過去を知らない彼女達にとって足跡はまさに予言であり、やがて神聖なものであるととらえられるようになっていくのだが、それはまだもう少し後の話である。



彼女達の巣には不思議な部屋があった。


部屋は彼女達が3人横に並べるほどの広さで、そこには淡い光を放つ石とそれを包み込むようにして生える一本の木があった。


食べ物があったことを示す足跡を辿るとたまに辿り着くのだが、行けば食べ物など一切ないという不思議な部屋だった。


彼女自身も知らないことだが、ここに彼女が来るのも一度や二度のことではない。


そのいずれの時も食べ物は見つかっていない。


とはいえ足跡があっても食料がすでに消えているということはままあることだ。


念のため部屋の中を一通り探索した後、彼女はその場を立ち去り、再びこの部屋は忘却の彼方へ消えて行った。


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