お嬢様と侍女とスライムの襲撃 逃
こんばんは。
遅くなりましたが第5話お届けします。
目の前は真っ白な空間。
ポリゴンが囃し立てる。「たわし!」「たわし!」
やかましい!と思いつつ、身体を半身に寝返りをうつ。
やけに寝心地が良い。特に首から上が。
それに床がゴツゴツしているが、地面という感じはしない。
首から下は感触からいくと、車に常備しているくたびれたオレンジ色の毛布だ。
更にポリゴンが『リア充爆発』だの『カップル撲滅運動!』だのを叫んでいる。
「うるさい・・・」寝言の一言を認識して私の意識は覚醒をスタートさせる。
???「だいぶお辛いことがあったようですわね。
もう少しお休み頂きましょう」
女性の声が頭の上から降って来るが、優しく頭を撫でられ呪文じみたよくわからない言葉を呟かれて再び眠りに落ちそうになる。
どうもおかしい。
一条はそう感じ、必死に睡魔に抵抗する。
そもそも自分の車には枕などないし、半身に寝返り打って丁度よい高さと気持ちいい弾力、男性に10人聞けばすべて良い香りと答えるだろう芳香剤なぞ室内に置いとく訳がない。
そもそもこの車を買った際は介護生活のために車イス等の積載に便利な車ということで買った筈が、今では立派な作業車に変わってしまった。
なので車内の臭いとかは普段あまり気にしなくなってしまったのである。
そして睡眠導入魔法の抵抗にかろうじて成功して薄目を開けると最初に目に飛び込んできたのは、薄いライトグリーン系のさらっした肌触りのスカートのような生地と柔らかい太ももである。
ひょっとしなくても、完全に膝枕されていたのである。
自分の状態を認識すると途端に顔色が赤くなるのが抑えられない。
これでは自分が目を覚ましたことがバレバレであった。
もう少しこのまま膝枕で休みたかったが、自分の立場やら現在地等知りたいことが沢山ある。
それにいつまでも気持ちいいからといって膝枕をしてもらって嫌われたくなかった。
それにしてもどうやって身を起こして話しかけようか?この状態で目が覚めるとか当たり前だが経験がないので内心途方にくれて不安感で一杯になる。
それでも意を決して身を起こして女性の顔を正面から見る。
「えっと・・・私はイチジョーと申します。
介抱ありがとうございました。
とある国の出身で訳があって諸国の旅して回っています。
あっ!でも犯罪者ではないですよ!」
気まずい表情で女性に頭を下げる。
「私は・・・」
女性が自己紹介をしようと言いかけたその時。
「姫様!キースが!」
年若い重武装した騎士然とした男性がワンボックスのサイドスライドドアを引き開けて声をかける。
一瞬話しのきっかけを折られて眉をひそめるが女性にとって身近な方なのだろう、慌てて車を降りて幌つき馬車の側に駆け寄ろうとする。
一条はボランティアで山岳パトロールの巡回をしていたのだが、重度の不安障害だったためパトロール中の緊急遭難等の対応のため等というまずあり得ないシチュエーション、しかも救難活動は危険性が大きいために警察の山岳救助隊から厳格に禁止されているにも拘らず、自費で車にAEDや救急員の講習等遭難発生直後に必要と思われる資格と機材を常時車に搭載していたのである。
で、一条は車の荷物室天井に後付けしたAEDのボックスを開く。
盗難防止のためにけたたましくブザーが鳴動して、姫様をはじめ周囲の人間が一斉に振り向く。
一条はそれに構わずAEDと愛用の山岳ザックを左肩に担いで幌つき馬車の後部に乗り込み、中にいた騎士らを問答無用に無意識に魔力を右手に這わせて力任せに放り出してスペースを明ける。
一条が乗り込んだ時には男性はすでに鎧等は脱がされて半裸状態で止血のために包帯が巻かれていた。
男性は一見して浅い死線期呼吸をしており、間に合うかギリギリの状態だった。
姫様が放り出した騎士らを目を丸くしながら馬車に乗り込みその惨状に息を飲む。
「さっさとこっちへ来い!」
一条は姫様に怒鳴り付け胸の中心部に両手を当てさせ、肩やお尻を乱暴に触りCPR、いわゆる心臓マッサージの体勢を取らせる。
ついで乗り込んだ侍女らは咎め立てしようとするが姫様の表情をみて口をつぐんだ。
「いいか!この体勢で一定のリズムで肩甲骨に体重をのせるイメージで数を数えながら押せ!
その際に押したらしっかり意識的に身体を上に持ち上げて胸を押しっ放しにするな!」
一条はそう言い捨てると、AEDの蓋を開ける。
直ぐに音声メッセージが流れ電極パッチを取り出す様に指示をされる。
扱い方は毎年一回以上地元の消防局で自主的に訓練をしていたので聞かずに次のステップに進む。
取り出したパッチのコードを本体に差し込み、パッチのフィルムを剥がす。
「よし!」
一条は右胸上部にある筈はないがペースメーカー等が埋め込まれていないことを確認する。
「まだ止めるな!」
よし!の声を聞き姫様は心臓マッサージを止めようとするが怒鳴り付け、お尻を叩きマッサージを続けさせる。
押している手を避けながら電極パッチを左胸上部と右脇腹に張り付ける。
張り付けが終わると直ぐに測定が始まりマッサージを一時止める様にアナウンスが流れる。
「ちょっと離れてください」
一条はソッと姫様の肩を抱いてキースの身体から遠ざける。
「あの・・・その・・・その機械は?」
姫様は聞こうとするが、一条はAEDを見つめていて話しを聞いていない様だった。
電気ショックを流すので周囲の人間は離れる様にアナウンスが流れ、周囲の人間がいない事を確認して目立つボタンを押すように促される。
直ぐに指示と訓練通りに指差呼称してボタンを押し込む。
一瞬の静寂後再度心音が測定され、心音の復帰を確認、マッサージの一時終了がアナウンスされた。
とりあえず一条は緊張を緩め、ポーションを再度飲ませる様に姫様に付き従っている侍女に指示をしてザックを片手に馬車を降りる。
散々な目に合っていたのと、先程の姫様と呼び掛けられた女性がかけた呪文のような効果か出てきたのか、凄く眠い。
車のサイドスライドドアから後部に乗り込み毛布をかぶって寝入ってしまう。
ええ。そりゃもうぐっすり寝ましたよ。
魔力の枯渇にはじめての魔物との戦闘、救急処置と短時間にいろいろな事がありすぎて。
その頃。
姫様と護衛の騎士たちはワンボックスに乗り込んで毛布をかぶって寝てしまった一条を遠巻きにしてこれからの事を話し合い始める。
「とりあえずキースの容態は?」
「彼の処置のお陰かキース団長は一命をとりとめそうです。最初のポーションでは傷口の閉鎖が精一杯だったようですが、彼のあの不思議な機械の処置のあとに改めてポーションを投与したところ、呼吸、脈も安定したそうです」
騎士の報告を受けて改めてイチジョーと名乗った青年を王宮、少なくとも王都に連れ帰りたいと考えていた。
「とにかく彼も私たちもこのままこの場に留まる訳にはいきません。
彼の乗り物を移動させることが出来ますか?」
姫様は回りの騎士に聞くが、姫様付きの侍女は不満そうな顔をあからさまに姫様に向ける。
しかし、姫様付きの騎士団の団長を訳のわからない機械で死の縁から救ったのも見ている。
年頃の少女たちが射止める可能性が極端に低く、また社交の場でも縁を結ぶなど競争率が高過ぎて望み薄な王子より、下級貴族でも一個騎士団の団長のキースのほうが結婚には最優良物件である。
そんな彼を救ったのだから相応の礼を、と思う姫様の気持ちも分かるが、処置中のあの姫様に対する態度は度を越していて救命行為とは思っていても許容できなかったのである。
「動かすのはムリかも知れないです。
とりあえず処置中に車の中を検索して不審物の有無を調べさせましたが、われわれには用途のわからない物が多すぎて。
しかも見たところ、一部車輪が壊れているようです。」
「修理は・・・?」
「検索した中にこの車?ですか?の取り扱い説明書みたいな不思議な本がありまして、絵がふんだんに使われているようなので見よう見まねでなんとか。
でも操車となるとご承知の通り、馬車でさえタイプが異なるとまるっきり感覚が異なるものです。
こればかりは彼に気付かれない様にとはいくらなんでもムリですね」
姫様は暫く目を瞑り考えて決断する。
「それでも構いません。王都に移送します。幸い彼はかなりお疲れの様に思えますので暫くは大丈夫でしよう。
念のため魔術士に昏睡の魔法を掛けてもらいます。
修理は直ぐに始めて!それと申し訳ないけどこれから先は休憩は基本的に無しで御願い。
キースの容態悪化の心配と、何より彼が目を覚ます前に少なくとも王都、出来れば王宮に迎えたいです」
姫様は固く決意した表情で騎士や侍女を見る。
「わかりました。よし!指定区分に従い作業を開始!」
騎士は姫様に承諾の返事をすると回りの騎士に移送準備を指示をする。
「私は彼の乗り物にいっしょに乗っていきますね!」
姫様は回りの人間が何かしらいう前にスキップをするような足取りの軽さでワンボックスの軽自動車に向かい、また彼の頭を膝に載せる。
二時間後一行はその場をたち、およそ60Km離れた王都に夜半に到着した。
勿論、そんな遅くにたち、王都に向かえば当然野盗だの魔物だのが一度や二度襲って来るが、最初の遭遇戦闘後に応援と保護を依頼してあったので問題なく王都に到着できた。
とあるちょっと高めの宿屋兼酒場。
一条は身動ぎして目が覚めた。
前回の目覚めも酷かったが今回はもっとヒドイ。
そのつもりはないのだが、どうも目覚め方が寝過ぎで頭が痛いような感じである。
寝過ぎであれば寝てばかりの現状は百害あって一利なしである。
そう思いつつ目を開けたら、一気にまた布団を被りたくなった。
目の前の天井は見覚えがないのはお約束として、自分の顔の前に最近TVで魅力的だなぁと思っていたタレントさんに似た女性がニコニコして私の顔を覗いていた。
「えっと・・・おはようございます」
そう挨拶して身を起こしてみる。
相変わらず頭が割れる様に痛い。
「おはようございます、イチジョーさん。お疲れの様に思えましたので目覚めるまでそっとしておりましたがお加減如何でしょうか?」
一条は見覚えがない女性がニコニコと自分の名前を親しげに呼んでいるのを首をひねって考えていると
「あっ!そうそう!まだ私の名前をお伝えしていませんでしたわね!私は・・・」
と言いかけた途端に・・・
「きゃぁぁぁ!」と悲鳴が上がる。
またかと思ってその聞き覚えのある年若く、自分の侍女になりたての女性の俸給の大幅ダウンを心に決める。
何せ、きのうのお昼の出逢いから今迄声を掛けようとすると決まって邪魔が入るのである。
しかも自己紹介する前にいくらキース団長を救うためとはいえ、あんなことやこんなことを・・・なんとか彼に自分の事をアピールしたいと思っていたのに、そのことごとくが。
何事かと思いつつ、部屋を出ると年頃のメイド風の衣装を着た女性がスライムみたいなゲル状魔物に襲われる寸前だった。
「あれってスライム?」
一条は見覚えのある懐かしのゲームのヤラレキャラを見る。
「ええ。イチジョーさま。あれは取り込んだ物を溶かして吸収する魔物で核をつけば簡単に倒せるのですが、核が自由自在に移動する上に剣で突くのを失敗するとその剣を溶かしてしまう厄介者の魔物です」
姫様は悲鳴を聞いて駆けつけた騎士に対処を命じようとすると、一条はそれを制して
「ちょっと借りるよ?」
と騎士の大剣を抜く。
騎士は不審者を見るような目で一条を見るが、姫様の御前なので黙って剣を貸す。
一条は上着のポケットに入れた左手に魔法のたわしを念じると手の内にたわしが出現する。
内心、ポリゴンと女神のやり取りを思い出してあれは夢ではなかったんだと思う。
左手に出現したたわしを借りた大剣の切っ先に差すとスライムににじり寄り、左手をスライムに向けると、高濃度の塩水をイメージして水魔法を放つ。
今すぐに襲いかかろうとしたスライムは塩水をかぶってのたうち回る。
そこへすかさず魔法のたわしでスライムを擦り始めた。
ガッシュガッシュガッシュガッシュガッシュガッシュガッシュ
擦るたびにみるみるスライムは小さくなって核を移動させることが出来なくなった。
偶々たわしの下に核が移動してきたのですかさず大剣で突き刺す。
一瞬断末魔の様にスライムが上に伸びた直後、しゅわしゅわと泡立ち消滅した。
余りの出来事に一堂ぽかーんとするものの手近にあったバケツに魔法で水をくみ、たわしを洗ってポケット経由で収納魔法に保管をすると、騎士が悲鳴をあげる。
なんでも騎士の資格を取った際に亡き祖父が祝いにくれた剣だったそうな・・・。
あとできちんと修理しよう・・・。
悲嘆にくれる一堂を見た一条は気まずくなって気配を消して食堂に向かった。
最新話読了ありがとうございます。
スライムを塩水とたわしで擦って倒すアイデアは如何でしたか?
使い方次第で魔法のたわしも結構面白いお話が作れるのでは?と思いました。
楽しんでお読み頂ければ嬉しいです。
次回話は少しお時間頂ければと思います。
次回話の構想に苦労しています。
まだまだ皆様に楽しいお話とは思って頂けないかも知れないですが少しでも面白いお話をと思い頑張ります。
次回話をお楽しみにして頂ければ嬉しいです。