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彼女が迷子になった日のこと、そして。

アル視点での出会いと結婚式前夜。

 カナエと初めて出会った日のことはよく覚えている。

 突然現れたと思ったら、よく分からない言葉ばかりを尋ねてきた。てーまぱーくだとか、何とか。声を掛けられてその姿を見てみれば、この町では珍しい若い人間の女である。ほとんどが獣人族ばかりのこの町ではかなり珍しいと言えた。

 そんな興味本位な気持ちもあって、カナエの意味不明な会話に付き合っていたとずっと思っていただが、俺はあの黒い瞳を初めて見た時から目を離すことなんて出来なかったのである。初めて会った時、すぐに自分の懐に入れてしまうくらいには。


「……だから、これはそのキグルミとか言うんじゃねぇって!俺の毛なの!分かるだろ?」

「え?着ぐるみじゃない……?本物なんですか?」


 何度目かの説明でようやく俺の体が本物だと理解して、カナエはきょとんと驚いた顔で俺の全身を見た。


「だからそうだって言ってんだろうが!お前、一体どこの田舎から出てきたんだよ。人間のくせに獣人を見たことがねぇなんて」

「……私、どこから来たんでしょう?」

「は?」

「気が付いたら、この町の入り口に立ってて。てっきりテーマパークか何かに紛れ込んでしまったのかと思ったんですけど、違うみたいですね。すみません。失礼しました」


 カナエはそう言うと、ぺこりと頭を下げて踵を返した。しっかりと地に足をつけて歩いているはずなのに、その足取りはどこか怪しい。まるで迷子のそれと同じだった。

 俺は右手で頭の後ろをがしがしと掻くと、大きくため息を一つ吐く。そして、意を決してカナエの正面に回りこんでその進行を止めた。


「……おい!待てよ」

「はい?」

「多分、辛いことがあったんだろ。無理に思い出すことはねぇ。それよりも、行くところあんのか?」

「ええっと、大丈夫です。私、大人ですし」

「大人?お前のどこが?どう見ても、俺と年変わらねぇじゃねぇか。大人ってもっとでけーんだぞ」


 カナエは自分を大人だと言い切るが、その姿は俺と変わりない背丈しかない。大人というのは子供よりも頭一つ分以上大きいものである。それは女であっても変わらない。

 ……というのも、それは人間以外の種族に限るというのは町を出てから知った事実である。それまで、カナエが頑なに年上だと言い続けるのも彼女なりの冗談であるとずっと思っていた。


「え?いや、私これでもそこそこ大きい方なんですけど……」

「まぁ、良い。無理すんな。今、俺の親に聞いてやるから、しばらく家に身を寄せろよ」

「いや、そんなご迷惑をおかけするわけには……」

「良いから付いて来いよ。虎獣人は懐がでけーんだ。親父たちに頼んでやる」


 本当ならば全部俺が世話をしたかったのは山々であるが、俺もまだ自分の食い扶持も稼げない子供である。どうにか両親に頼み込んで、彼女の生活が成り立つまでの世話をしてもらった。


 そしてあれから数年。

 成人の儀で離れていた三年を乗り越えて、俺たちはついに明日番になる。式なんてしないで、すぐにでもカナエと番になりたかったが、町の女連中の非難に遭って式をすることになった。なんでも、女にとっては一生のうちの一番大事な日なんだそうだ。そう言われると、もう少し我慢するという気持ちにもなる。何より、俺はカナエの着飾った姿を見たくないわけじゃないからだ。

 本当は俺だけの前で着飾ってほしいのだが。


「俺はお前がカナエを番に選んだんだってすぐに分かったぞ」

「はいはい。分かったから、親父」


 式を明日に控えているというのに、親父はすっかり酔いつぶれている。そして酒を飲みながら、急にご機嫌になって話し始めた。それにお袋も頷きながら続ける。


「でも、本当よ。アルがカナエを連れてきた時、てっきり番の挨拶をしに来たのかと思ったもの。まだ子供だったって言うのにねぇ。すっかり大人の男の顔になっちゃって。そう言えば、アンタが働き始めたのもあの頃からでしょう」

「何だよ、それ」

「いいか?カナエを大事にしろよ。女を泣かせちゃあ、虎獣人の名がすたるぜ?」


 親父はこちらも見ずにそう言うと、いっきにグラスを傾けて酒を煽っている。


「もう、お父さん。そのくらいにしたら……って、寝てるわね。アル、悪いけどお父さんを運んでもらえる?」

「俺ももう家を出るんだぞ。あんまり呑ませるなよ」


 お袋が呆れたように言いながら親父の顔を覗き込むと、すっかり気持ちの良さそうに寝息を立てている。お袋が申し訳無さそうにこちらを見て頼んでくるので、俺はその大きな体を肩に背負う。昔はずっと大きく見えたその体も、今では俺よりも小さいくらいに見えるのが不思議だった。


「多分、お父さんも寂しいのよ。アルとカナエが一気にいなくなっちゃうから」

「いなくなるって、俺たちは同じ町に住むんじゃねぇか」

「それでもよ」


 お袋はそう言って小さく笑った。


「それに寂しがらなくても、カナエがしょっちゅう家に来てんだろ?たっく、ここが誰の実家なのか分かりゃしねぇ」

「カナエは息子のお嫁さんってよりも、私達の娘みたいなものだもの」

「そうかよ」


 お袋の言葉に呆れたように言いながら、それでも脳裏にはカナエの笑顔が浮かぶ。俺の親を実の両親のように慕うカナエは、きっとお袋の言葉を聞いて泣いて喜ぶだろう。

 でも、カナエは俺の番である。断じて、俺の姉ではない。

 俺は寝室の親父のベッドに投げるようにして親父を落とす。同じような体格とは言え、寝ている人間を運ぶのは重い。しかもカナエならともかく、親父だと思うとやる気が沸かない。


「この人、すっかり寝てるわね。……そうだ。明日はそんな暇ないだろうから、今言っておくわ」

「ん?」

「カナエと幸せにね」


 にっこり笑ったお袋の後ろに横たわる父の腕がぴくりと動いた。


「おう。……今までありがとうな」

「こちらこそ」


 父親に言うのは照れ臭い。でも、これは母親に対して言った言葉だ。勝手に聞く分には好きにすれば良いがな。

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