プロローグ
「……お前は、異世界とか、信じるか?」
昼休み、本を読んでいると、友人の火野修也に話しかけられた。本に集中していた俺は、軽くああと流す
「つれねーなぁ……なぁ、これ見ろよ」
火野が、スマホを本と俺の目線の間に滑らせて来る。なんだよと思ってみてみると、何やら事件の記事のようだった。覗きながら、火野に問う
「なんだ?これ……集団失踪?」
事件の内容は、とある離れた都市で数十人規模の人が突然いなくなったとのことだ。失踪した人間たちの共通点は同じ町に住んでいるということぐらいで、年齢も性別もばらばらだったという
火野の目が、輝いたように見えた。火野とはそれなりに長い付き合いであるが、こういう七不思議や怪奇現象のことに目がないのだ。物騒なこともあるもんだなと軽く流すと、火野はちっちっと人差し指を振った
「こいつらなぁ……神隠しにでもあったかのように突然消えたらしいぜ。事件当時は近くの丸井会館ってとこで集会があったらしいんだが、そこから忽然と人が消えたらしい……そして、事件現場にはこんなのが残されてたんだ」
火野が、記事を滑らせる。止まったところには、一つの写真。木の板のようなものに、黒く文字が描かれている
『シンや0じ。mアるいかいKAん。ボKUラの国へしョうたⅰしマす』
……なんだ、これは
理解できない文字群に訝しんでいると、火野はワクワクを抑えきれないように話し始める
「深夜0時。丸井会館。僕らの国へ招待します。……そう読めないか?なぁ!?」
子供の様にはしゃぐ火野を、どうどうとなだめる。こんな子供だましにこいつは引っかかっているのかと内心でため息をつく
「火野……こんなのただの偶然じゃないのか?お前騙されやすいからな」
「ちげーっつの!俺の本題はここからだ!」
そう言うと火野は、ばんっと俺の机に何かを叩きつける。そこには、写真で見た木の板と同じものがある。違う点は、板に書かれた文字だ
『シンや0じ。アKアGI高こう。ボKUラの国へしョうたⅰしマす』
……何秒か、フリーズしてしまう。そんな姿を知ってか知らずか、火野は一人歌うように話を続ける
「これ、今日学校来る途中で拾ったんだけどよー。これアカギ高校って読めないか?んでうちの高校の名前私立赤城高校だろ?最近この近くで失踪事件あったって話聞かないし、もしかしたら」
「模倣犯だろ。ありえねぇよ」
火野の妄想をばっさりと切り捨てる。もしその失踪事件にこの木の板が本当に関係しているとして、何らかの事件に巻き込まれる可能性が高い。また、そうでなくとも、失踪事件があったのは北海道。この俺たちがいる赤城高校は東京と、大きく離れており愉快犯のいたずらである可能性も高いからだ
「でもよー」
火野がバツの悪い顔をしながら俺を見る。この顔は諦めていない顔だ
「このまま普通に大学入ってよ、就職して、働いて……って普通過ぎねーか?お前の読んでる小説じゃないけどよ、もっとこう誰も経験したことないような――――」
「寝言は寝て言え。アホ」
話は終わりだ、と再び本に目を戻そうとする。その本が、ひょいと浮かび上がった
「何物騒な話してんのよ。あんたたちは」
「げ、茜」
火野の顔が少し青ざめる。本を取り上げたのはこれまた付き合いのある中田茜という女子だ。取り上げた本をパラパラとめくりながら、茜は話し出す
「あんたら、こんな空想小説ばっか読んでるから頭お花畑なんじゃないの?もっとまじめな本をねぇ」
「そもそも俺はこの件について信じちゃいない。火野が一人で盛り上がってるだけだ」
「あ!てめぇ逃げやがったな!」
こんな風に、いつも三人で集まり、話したり、遊んだり、多くの時間を過ごしていた
……ふと、火野の言葉を思い出す。普通過ぎる人生。それは誰もが通る道だ。当たり前すぎる人生を送り、そして当たり前のように死ぬ
誰も経験したことのないような。というのは確かに俺も願っている。だが、この世界はゲームやアニメ、小説の世界じゃない。そんな超常現象が起こり得るはずがないのだ
そう、思っていた。この時は
これは、何処にいる平凡な少年の、ありえないはずの異世界での、ごく当たり前の話
俺――――緒形亮の、とても信じられないお話だ