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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission2:Living Doll
8/23

 定住という言葉に意味がなくなってから久しいが、それでも人間は根無し草ではいられない。住む場所がなければ、やっていくことができないのだ。


 俺はこのとき新東京市の第三ブロックに設けられたオフィスに住居を構えていた。東京湾に浮かぶ、巨大な摩天楼の牙城。まるで天守閣のように聳え立つビル群と、堀のように都市を取り囲む東京湾の海水……両者のコントラストは、人工と自然のせめぎ合いのようにも見えた。


 エスカレーターを上がって、八番目の部屋。そこのドアを開けると、いつも通りの殺風景な部屋がある。

 入ると、若い女がデスクに腰掛けていた。一瞬少年と見紛うような短髪で、気の強さを隠そうともしない瞳、そして口元は微笑みを湛えている。彼女は流行りのスタイルを外した、洒脱な服装を決めていた。それらが総合して彼女をより中性的に見せている。


 彼女はひらひらと手を振った。


「やっほー、ジン。遊びに来ちゃった」

「ここは遊びに来るところじゃないぞ、チェン」

「いやぁ、だって兄貴と入れ違いになっちゃったんだもの。仕方ないじゃん」

「〈アカデミー〉はどうした」

「ん、休講になった。だからヒマなの」

「ならもう少しまともな時間の使い方を考えるんだな。企業傭兵(サーヴァー)に関わると、面倒ごとしかないぞ」

「唯一の肉親がその企業傭兵のパートナーなんだから、関わりがなくはないと思うけど」


 俺は軽く舌打ちをした。デスクと間合いを取り、冷蔵庫の方へ向かう。カフェイン・ドリンクを取りに行くためだ。


「ところでテッドは」

「それがね、ちょっと野暮用だってさ」

「野暮用……」

「あたしの方見たってダメだよ、ジン。あたしにも内緒なんだって」

「ふうん」


 カップを二つ出した。


「……飲むか」

「あたしは水でいいよ。あれ苦いし」

「『良薬は口に苦し』」

「旧い諺引っ張り出さないでよー。そもそもカフェインて毒素じゃないの。ニコチンの同類だよ……」

「薬は毒さ、病原菌を殺すのだから。毒でなければ薬にもならない」

「ハイハーイ」


 氷水のカップと、カフェインのカップを出す。後者を手に取ると、ゆっくり飲んだ。アイスのひんやりした感触が、喉を伝わる。

 チェンは冷水を一気飲みした。そしてカランと氷の音を立てると、カップを突き出して、


「お代わり」

「蒸留器から自分で出しな」

吝嗇(けち)ー」


 とそのとき、ドアが開いた。眼鏡型端末(アイ・グラス)をかけた冴えない、温和で柔らかい印象のある顔が覗く。その男の片眉が上がる。


「やあ、ジン」

「遅かったな。今お前んとこのやんちゃ猫が引っ掻き回してるんだが」

「やんちゃ猫って誰のこと」


 チェンが拳で軽く俺の脳天を叩く。中指の関節がつむじに当たっている。

 それを見たテッドが苦笑した。


「チェン、ここはサークルの部室とは違うんだぞ……」

「もう、兄貴も同じこと言ってらあ」


 チェンはむすっと膨れっ面をした。

 俺はその背中から、テッドの方へ目配せする。テッドは素早い瞬きで応じた。


「チェン、とりあえず帰れ。これから僕らは仕事の打ち合わせに入る」

「えー」

「機密情報を扱っているのだ。顧客の信頼に関わる」


 チェンは、頰の端をわずかに動かしたが、ため息を吐くと、


「ハイハイ、部外者は出て行きますよー」


 彼女は部屋を出た。

 ドアの閉まる音。

 俺はテッドの方を見る。


「どうして嘘を吐いたのかな」


 先に口を開いたのはテッドだった。


「察しろ」

「やれやれ、また汚れ仕事か」

「そういうことだ」

「んで、今度は誰……」

標的(ターゲット)鏑坂(かぶらざか) 義一(よしかず)。四十六歳男性てことになってるが、その気になりゃいつでも整形と性転換もできるから、あまり当てにはならないだろうな」

「まだ変えてない可能性もある。街頭スキャナーの情報貯蔵庫(データ・ストレージ)から履歴を辿ることはできるんじゃないかな」

「そうしてくれ。奴は生体工学者だから、速ければ速い方がいい」

「りょーかいりょーかい」


 テッドは眼鏡型端末(アイ・グラス)を起動させた。レンズから光が発せられ、様々な文字情報(テキスト)が表示されているのが見える。


 その一方で、俺は腕時計端末(ウォッチ)を起動した。コンタクトレンズを通じて様々な表示が現れる。

 脳裏に直接響くような声が聞こえた。


《〈整形ギルド〉へようこそ》

《最新の整形モデルのリストを見せてくれ》

《畏まりました》


 返事をすると、美男美女の顔が並列して表れる。鼻が高いもの、東洋系の顔付き、眼の碧いものや、一重瞼……美にもいろいろと細かい注文があるものだった。


《これらのモデルの製作者、もしくは整形担当の技術者のリストも併記してくれ》

《畏まりました》


 顔の脇にネームが浮かぶ。そのなかの一つを指示し、絞り込みを掛ける。途端、顔が一気に数を減らし、十数個にまで少なくなった。なるほど、一人の人間が思いつく美人の顔はそう多くないようだ。

 残った顔を、一つずつ検分していく。さながら首実検をしている気分だった。だが、じっくり時間をかけて、丁寧に作業を行なった。


 そして、最後の一つを調べ終えたとき、俺はある閃きを獲得した。

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