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まるで精巧な人形のような顔だった。
眼元はぱっちりとし、鼻はクレオパトラのように高い。さらりとした黒髪は艶やかに照明を反射する。肌理の細かい肌は、白磁のように白くて滑らかそうだ。付け加えて、理想的なプロポーションを持った美女が、さまざまなポーズをとりながらショーウィンドウのなかでマネキンのように列んでいる。
「どうですか、〈整形ギルド〉の最先端技術の成果は」
若々しい顔立ちをしたギルド・オーナーが、自慢の色を隠せない笑みで訊いてくる。その笑い方がなんとなく気に食わなかった。
だからこう応えることにした。
「美も安くなったもんだな」
「はい、もうこれで誰もが憧れる美人になれるのです」
しかしオーナーの笑顔は微塵も崩れなかった。皮肉が通じないのだろうか。皮肉だと知っていてその表情ならば、なかなか図太い神経をしている。
「それで、俺に何の用だ」
「ああ、そうでした」
オーナーの顔が改まる。柔和な笑顔がたちまちにして、きりりと引き締まっていく。彼は手招きをしながら、
「まずはこちらへ」
と掌をエレベーターに向けた。
俺たちは黙ったままエレベーターに乗り、五階へ出たあと、接客室に入った。
テナントの一角を占めるその部屋は、盗聴を厳重に警戒した造りになっているようだった。俺が入ったとき、〈惑星〉から遮断されるのを感じた。何らかの形で電磁遮蔽装置が置いてあるのだろう。
ギルド・オーナーは、黒革の上品そうなソファに腰掛けた。俺は立ったままだったが、オーナーが丁重に促したので、向かいに座る。
恰度、ロウテーブルを挟んで向かい合っていた。
そこへ手代だろうか、若者が一人、丁寧に部屋へ入ってきた。俺とオーナーの顔を互いに見ながら、
「御飲み物は、いかがなさいますか……」
「ジャスミン茶を二つ、それでいいですかな」
「構わない」
「わかりました。ジャスミン茶ですね」
確認すると、若者は会釈をして出て行った。
「さて、どこから話せばよろしいのでしょうなぁ……」
オーナーは少し遠くを見るような目つきで、切り出してきた。
「〈ギルド〉という時代錯誤なものが、どうして二十一世紀に甦ったのか、あなたはご存知ですか」
「いや。俺は二〇八〇年の生まれだからか、漠然としか知らないな……その頃にはすでに〈ギルド〉は当たり前みたいなものだった」
オーナーは朗らかに笑う。
「きっとあまりよい教師に巡り会えなかったのでしょう。なら、そのことからお話しするべきですな」
そのときドアが開き、若者がグラスに入ったジャスミン茶を運んできた。オーナーがグラスを手に取り、ゆっくりと透き通る金色の液体を飲み干した。若者はそれを見て、新たに空のグラスに茶を注ぐ。
「お代わりはこちらに」
と、プラスチック製のポットを示すと、彼は退出していった。
俺はその背中を見遣ってから、茶を飲んだ。花の香りがほのかに鼻腔をくすぐる。
「いやー、やはり暑い日には冷やした茶が美味いですな。地球温暖化も行くところまで来てしまいましたが、それでも人類はやっていけるものです」
「話が脱線しているようだが……」
「おっと、これは失礼。では本題に戻りましょう」
オーナーは膝を進めた。
「まず、あなたは二十一世紀中葉に起きた機械破壊運動のことを近現代史で学んだはずです」
「そうだな」
「まだあなたが生まれるまえのことだ。詳しくはわかりますまい。しかしあのときは非常に混乱していた。カーツワイル社、技術振興協会、磐座財閥……現代では名だたる大企業となったAI産業の先駆者たちが、こぞって暴動の標的となりました。しかし技術というものは、出来てしまえばあとは時間の問題です。開発会社を破滅させたところで、人間の好奇心は敗れない……中世世界観がコペルニクスとガリレオによって壊されるようなものです。最初は拒絶するかもしれないが、いずれ人間は科学技術の進歩に慣れてしまう」
「確かに」
俺は相槌を打った。そしてふと、落ちぶれた親父の姿を思い出した。企業の事務員であったが、高知性AIによって仕事を奪われた男の、人間と呼びがたい落ちぶれた姿を……
「しかしAIによって多くの人間が失業しました。そこで当時の国家群は雇用の問題に悩まされたのです。おっと失礼。『国家』という語もわかりにくいですね。社会福祉事業の一環として受け止めてください。
それで新しい雇用の創出に、多くの知識人が頭を悩ませました。なぜなら、人間は非効率だからです。かつてAIは人間の指示を受けるまでろくなことができませんでした。しかし、いまや一部のAIは『人の意を汲み取る』ことまでできるようになりました。そうなってしまえば、事務仕事の大半はAIに任せられるし、その方がミスも少ない。……ですが、AIにも限界がありました」
「創造性のことか」
「まさしく」
オーナーは指をぱちんと鳴らし、人差し指を俺に向けた。そして、だんだんと熱を帯びた調子で饒舌りだす。
「もちろんAIにも創造力はあります。しかし想像力がないのです。彼らは過去の傑作を悪質なちゃんぽんにすることしかできない。感性を鍛えることができないのですよ。芸術や、革新的なアイディア、創発的なプログラム……それらすべては、人間が、人間だけが創ることができる特別なカクテルなのです。しかしそれは天才を持つものしか可能性が与えられない分野です。こればかりはいかなる教育でも、開発することができません。
そこで職人芸です。もはや天才以外の人間には職人芸しか残されていないのです。技術は素人へ可能性を付与しますが、職人芸は玄人の占有物です。素人よりもAIが効率的になった二十二世紀の現代で、人間に労働を与えるためには、玄人を中核に据えた新しい雇用の形態が必要だったのです。その答えは過去に、歴史にありました。〈ギルド〉という形です」
「……なるほど。しかし、その話と今回の依頼との関連性が、イマイチ見出せない」
オーナーは立ち上がった。そして胸に手を当てて、ゆっくりと、しかし諭すように言った。
「簡単に言えば、人間です。人間の持つ知能、創造性こそが財産と化した時代において、人の異動は致命的な経済格差に直結しかねないのです。ネットが地球全体を覆い、〈惑星〉と呼ばれるようになった現代ですが、それでも人間の愚かさはまるで改善されていない。限りない強欲さ、嫉妬、怠惰、色欲、自尊心、暴食、そして怒り……私の依頼はですね。ほんのつまらないことで私のもとから離反した或る生体工学者を、暗殺してもらうことなのですよ。それも他の〈ギルド〉に就職する前に、ね」