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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission1:Dreaming Ghost
6/23

 報酬は電子株で送られてきていた。テッドが口座の方を確認したのだ。


「……ほい、お疲れさん」


 俺はテッドからカフェイン・ドリンクを貰った。本当はコーヒーが欲しいところだが、あいにくなことにこれは高い。代用品で済ませる他なかった。


 俺は湯気の立つカップを懸命に吹いてから飲んだ。熱い。


 俺の様子を見ながら、テッドは眼鏡型端末(アイ・グラス)をクイっと上げる。


「昨日のやつ、なかなか妙な案件だったけど、大丈夫だったの……」


 事件そのものは終わった。行方不明の娘は帰宅し、磐座から報酬も貰った。〈闇黒街〉の連中も斥けたし、行方不明になった原因も突き止めている。


「あれでいいさ。終わったことには口を出しても仕方ない」

「結論が最適解だとは限らないさ」


 テッドは片眉を上げる。


「どういうことだ……」

「AIの幽霊と、人間の意識が交わって……それは唯の事件以上のものを感じるよ。何て言えばいいんだろうねえ、……そう、変化だ。なにかが変わろうとしている」

「今に始まったことじゃないだろ」


 第四の波、ナノテク、AI産業……テクノロジーは進歩し続ける。変わらないものなど何もない。


「うん、まあそれはそうなんだけどね」


 テッドは朗らかに笑う。


「僕は、これから先、人間ってものがもっとわからなくなるだろうな、て思ったんだ。この件で」

「ほう……」

「そうじゃないかな。生体改造も、サイボーグもあるけど、AIと人間が混ざるなんてことは今までなかった。技術的特異点(シンギュラリティ)だの何だのと騒がれていた時代もあったけど、それでも機械が人間に取って代わる、それだけだ」


 俺は黙ってその先を促した。


「でも、例えば人間の意識が、AIの意識と統合されたとしてみよう。するとどうなる。それがAIなのか、人間なのかさっぱりわからなくなってしまう。ところで、ジン・トドロキ。『胡蝶の夢』という説話を知っているかい……」

「いや、知らない」

「古い古い中国の思想家のお話さ……その男が昼寝をしていたとき、蝶になってヒラヒラと楽しく飛ぶ夢を見たのだけれど、起きてみると自分が蝶の夢を見ていたのか、蝶が自分になる夢を見ていたのか、さっぱりわからなくなってしまったという内容なの」

「情けない哲学だな。考えるだけ無駄だぞ、テッド」

「そうだろうか。無駄も一つの要素さ。持て余すのも、また一興……」

「やれやれ勝手にやってろ」


 俺はカップに息を吹いた。そして慎重に口を近づけ、飲む。少しは冷めていて、飲めるようにはなっていた。啜るように飲む。


「あ、ところで、今日はどうするの」

「なにが」

「せっかく任務完了して、お金も入ってきたんだから、どこかパーっと遊びに行くってどうよ」


 俺は苦笑した。


「そんなレジャー地、地球にあったか」

「まあ一旦東京を出た方がいいけど……別に東京に居続ける理由もないでしょ」


 俺はまた息を吹きかけた。もうコーヒーは飲みやすいくらいだ。だがまだ飲まなかった。


 テッドの顔を見遣る。

 柔和な顔。猫背でおとなしそうに見えるその容姿からは、決して彼がハイテクに通じた荒らし野郎(ヴァンダル)だとは思えない。だがその瞳の中で、俺は彼が何を考えているのか、よくわからない。俺とタッグを組んだ理由や、かつて企業で重罪を犯したという俺によくしてくれている理由も、また同様に。


 これもまた一つの遣り取り(ビジネス)なのかもしれない。ビジネスなしには何もかもがやってられなくなる。誰かの手を借りたいと思えば借りるし、喉が渇いたらドリンクを飲む。それだけのことだろう。


 俺はカップの残りを一気に飲み干した。


「……そうだな。カナダ辺りに旅行するのも、悪くない」


 そう呟いて、窓の外を見た。

 そこには朝焼けが輝いていた。

Mission1 Completed

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