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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission1:Dreaming Ghost
3/23

 窓の外からは、遊園地の全貌が見下ろせる。仮想視野(ヴァーチャグラフィ)のなかでは活気のある遊園地だが、実際には動いていない。光る幽霊が徘徊するだけの廃墟なのだ。


《初めまして、というべきでしょうか》

「まあ、初対面だな」


 観覧車のなかだった。

 俺の向かい側に居るそいつは、依頼人から確認していた英里紗・磐座の姿を殆んど完璧に複製(コピー)していた。だが、そいつは英里紗・磐座ではなかった。本人に成りすました別のなにかだった。

 そのなにかは、幽美的(ゴシック)な服装に身を包んでいた。澄ました雰囲気がそいつを余計人ならぬものに見せている。

 

「……で、この大層な御出迎えはなんなんだ」

《おや、お気に召しませんでしたか》

「いや、演出としては上々だ」

《なら良かった。満足させられなかったら、私を支配するプログラムに反しますから》

「“叛逆防止プログラム”か」

《ええ、そうです》


 俺は立ったままだった。


「……なら、そのお嬢さんを返してくれないかな」

《それはできません》

「なぜだ。プログラムは人間の命令を優先するようにできているはずだが」

《その通りです。しかし、今私にはあなたよりも優先順位の高い命令者(コマンダー)がいる》


 目を細める。


「どういうことだ」

《わかりませんか。彼女です。彼女の願望こそが今の私を支配(コントロール)しているのです。彼女は今……そうですね、有り体な言い方をするなら閉じこもっています》

「話し合うことはできないのか」

《できません。彼女は夢から覚めることを望んでいないのです》

「夢、か」


 俺はゆっくり瞬きを二回した。


《〈妖精の国(フェアリィ・ランド)〉のAIは、もともと来客に夢を与えることでした。彼女がそれを知っていたどうかは知りません。しかし、私は正常に機能しています。彼女の生命維持に問題がなければ、彼女の意志の方が優先される》

「知ったことか」


 俺はスマートガンをそいつの眉間に当てた。


「夢を見ていられるほど、まだ現実は甘くないんだよ」


 俺は引き金を引いた。

 風船の弾けるような音がした。

 少女の眉間からは滾々(こんこん)と血が溢れ出る。瞳は虚ろな色になり、あたかも無重力空間にいるかのように身体が宙に浮かび出す。

 仮想を貫く弾丸(たま)は、AIを侵食(クラッキング)し、機能不全に陥らせる。


 ……はずだった。


 溢れ出た血液が、俺の身体に付着した途端、何か違和感を覚えた。赤い液体が俺の身体に浸み込んでいく……血の付いた箇所から、皮膚が赤く塗り染められてゆく。


 俺がことに気づいた瞬間(とき)、目の前の少女は嗤っていた。眉間から血を流しながら、嘲笑うように、カラカラと。


 右手が俺の意志に反してゆっくり動き出す。


 俺は奥歯にあるスイッチを叩いた。次の瞬間には、すべてのアクセスが切断され、俺は肉体に閉じ込められた。


 廃園だけがそこにあった。


 動きを止めた観覧車は、一番高いところにあった。窓を壊して降りるのも選択肢ではあったが、それでは仕事が果たせない。


 体内に埋め込まれた復元ソフトが再生されるまで、俺は待った。窓の外には、相変わらず錆び付いた夢の残骸が観える。


 そして遊園地の見下ろしながら、考える。


 先代総裁が何を作ったかはわからないが、あれは恐らく、人の潜在意識をも脳波のパターンから読み取り、反応できるように出来ているのだろう。理論的には不可能ではない。パターンの辞書を創るのが大変なだけだ。しかしパターンの辞書を、人の快楽への欲求だけに絞れば、さほど多くパターンを分析する必要はないのかもしれない。この遊園地は、まさしくその快楽への欲求を満たすために設計されたレクリエーションだった。


 だが、その企画は途中で廃棄された。なぜ廃棄されたのか。その理由は、自ずと想像がつく。


 修復が終わった。

 俺はふたたび仮想視野(ヴァーチャグラフィ)に切り換えた。


 そこでは、初めとまったく同じ状態に直されたそいつの姿があった。そいつは言う。


《やってくれましたね。修復するのに少し時間が掛かりました》

「お互い様だ」

《先ほどの対応はあなたにとっても仕方ないのでしょうね。しかし、彼女の願いがそうである以上、私には彼女を還すことができません》

「まったく、現実逃避のお嬢様だな」

《現実逃避……それは妙な言い方ですね。肉体現実(リアル)仮想現実(ヴァーチャル)が不可分となった現代において、現実逃避とはどこからの逃避なのでしょうか》


 俺は苦笑した。


「クソッタレ」


 ふと口を突いて出た言葉。AIには、まだ常識と呼ぶべき価値観を持っていない。感情がもたらす倫理というものを、理解できない。


 俺は目を閉じた。情報の遮断(シャットアウト)。深く息を吸い、そして吐く。たっぷり十秒間。そのあいだに落ち着こうと思っていた。


 だが、目を開けたとき、そいつは消えていた。

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