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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission1:Dreaming Ghost
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 園内はひと気がまったくと言っていいほどなかった。ロボットすら居ない。正真正銘の廃園、〈解体ギルド〉の作業を待つだけの、経済の墓場であった。


『なに、どうってことはない。簡単な仕事(ビジネス)ですよ』


 俺は仮想対談(ヴァーチャル・ミーティング)の内容を反芻していた。磐座の代理人であるそいつは、今夜会うはずの男だった。


『簡単とはなかなか妙なことを言ってくれるな』


 と、俺は言っていた。


『簡単こそが至難であり、至難こそが単純なのである。俺の信条なのさ』

『随分と用心深いな。それでこその傭兵(プロ)だ』


 男は、急に真顔になった。


『んで、仕事の内容はなんだ』

『まあ焦らないでくれ。盗聴が怖い。電磁遮蔽はちゃんと出来ているのか、気になるじゃないか』

『それについては問題ないよん』


 テッドの声が響いた。仮想空間だからか、まるで脳で直接鳴るような声だった。


視覚(ヴィジュアル)化してくれないか』

『ふふ、用心深いね』

『お互い様だ』


 ぱちん、と指を鳴らす感触。テッドが操作を切り替える仕草だ。途端、透明なユークリッド的幾何学空間に、滲み出るように色が現れた。忽ちにして俺たちは黒い立方体のなかに閉ざされた。


『これでも、疑うかな』


 男はゆっくりと空間全体を検分すると、納得したように、


『なるほど。疑ってすまない』

『いえいえ』


 お辞儀するイメージ。

 俺は空間に椅子を呼び出(コール)した。座った傍からアンティークに彩られた、高雅な部屋が生まれた。


『さて、商談に入りましょう。お掛けになってください』


 男は座った。俺の座っているのと同じ、上物の黒檀の椅子。


『まあ、要件は非常に簡単なのです』


 と、男は真顔なまま言った。


『……英里紗お嬢様を連れ戻して欲しいのです』


 ……ふと、視られている感触がして、俺は回想(リプレイ)を中断した。だが周囲を見回しても、あるのは止まったメリーゴーランド、錆びれたジェットコースターのレール、そして澱んだ水を湛える噴水などであった。


 小雨が降っている。歓楽街の喧騒はすでに遠く、雨音がしとしとと空虚な音を立てて廃園の駆け回っている。

 だがそこには生命の感触はなかった。ここではネットは死んでいる。近いはずの都会(まち)は、もはや海を隔てたように遠い。


 ネット。今では〈惑星(プラネット)〉と呼ばれる巨大ネットワークは、地球のありとあらゆる箇所を複雑に結んでいる。仮想現実(ヴァーチャル)はすでに肉体現実(リアル)へと侵入し、また同時に肉体現実は仮想現実を侵食しているのだ。喩えるなら、陰陽図(タオ)やウロボロスのように互いが互いを喰らい合っている。

 そんな世の中でネットから孤立することは、肉体という牢獄に閉じ込められることだった。感覚だけがすべてだ。理知や論理なんて要らない、感覚と機転だけが支配する世界……


 またしても、視られているような感触がする。


 スマートガンを向ける。だが対象が見つからない。それは()()()()()()対象が居ないことを指している。


 そこで俺はレンズを仮想視野(ヴァーチャグラフィ)に切り換えた。


 瞬間、目映い光の洪水が視界を覆った。俺は目を瞬かせたが、耐えきれずに目を瞑った。


 時を置いて、目を開く。


 四辺(あたり)にはネオンの輝きが充ち満ちていた。メリーゴーランドは回り、噴水は勢良く噴き出し、ジェットコースターは音を立てて進む。


 だが無人だった。どこに行っても人間だけが居なかった。


『はあ、なぜ遊園地なんですかね……』


 ふと、回想(リプレイ)が脳裡を過ぎる。


『お嬢様は先日亡くなられた先代を非常に慕っておりました。その先代が遺した仕事に、愛着があったのではないかと』

『その言い方だと確実ではないようだな』

『しかし生体情報が検知されんのです。〈惑星(プラネット)〉内でなら検索可能なはずのものが見つからないとすれば、よほどの僻地か……』

廃棄区画(アバンドン)しかない、てことか』


 しかしこの廃園が密かに活きていたとなれば、話は大きく違ってくるだろう。


《おいテッド》


 テッドに話し掛けようとしたが、その瞬間、回路が遮断された。

 それだけではない。

 砂嵐のような音が耳を(つんざ)いた。

 俺は耳を抑えたが、無駄だった。これは脳に直接響く雑音(ノイズ)なのだ。

 しばらく耐えていると、雑音はやがて意味のある音声に統べられていった。


《キミは誰だ》


 その声は、幼さの残る少女──英里紗・磐座のものだった。

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