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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission4:Long Long Goodbye
19/23

Present1

 テッドが死んだ。

 この報告が届いたのは、記憶屋の事件から三ヶ月が経ったころだ。俺は単独(ソロ)の活動に戻り、チェンは〈アカデミー〉の生活に勤しんでいた。それがテッドの望みであったからだ。いつか、また会える。そう信じていたからこそ、チェンははやる気持ちを抑えて日常に帰って行ったのだ。


 だが、テッドは死んだ。


 報告を届けたのは犬だった。しかしただの動物ではない。度重なる知能開発医療の実験動物(モルモット)として活躍してきた、メディカル・ドッグという新種の犬なのだ。彼は高度な意識を持ち、特殊な翻訳装置を用いて人類と対話できる。一部でもてはやされるようになった高級ペットの一種だが、それはペットと言うよりも友人に近い。


「ジン・トドロキだね」


 彼は何気なくそう言った。

 新東京市の清潔な大通りのなかである。人混みのなかで掻き消えそうなその声は、しかし不思議なことに俺にはよく聞こえた。突然犬に話し掛けられる気分は、ひと言では言い表せない。


「そうだが」

「僕はレオナルド。きみにテッドからの伝言を預かっているんだ。すぐ伝えたいのだけれど、ここは人目が多い。ひと気のないところへ連れていってくれないかな」

「いいだろう。こっちだ」


 俺たちは歩き出した。傍から見ればまるで犬の散歩のようだったろう。しかし、半獣ファッションやら、流行りの美顔やら、最新モデルの装着型端末(ウェアラブル)やらと多種多様なデザインに溢れた街並みでは、俺たちはむしろ地味で目立たなかった。


 新東京市は、現在八〇〇メートルに達しつつある超積層摩天楼(ハイパービルディング)が占めるブロックを中心に、海上に点々と浮かぶブロック群で成り立っている。この途方もなく高い象徴は、大きさの差異こそあれ各ブロックに一つずつ配置されている。

 垂直都市(ヴァーティカル・シティ)。通常の都市が平面的に広がるのに対して、層を重ねることで文化やインフラをより集中させる都市のスタイルは、一見不合理だが綿密な構想のもとに成り立っている。それは人の集中。人と人との出会いは化学反応を起こし、新しい時代をデザインする種を吹き出す。膨大な人口をひとところに集めてしまえ、という発想はやや暴挙に近いが、ルネッサンスのような芸術新興を思えば、それも無茶ではないと感じる。

 しかし一方で、旧時代的な、平面的な広がりは忘れがたい。まるで単峰状のヒストグラムのように、突出した超積層摩天楼の周囲を()()のビルが建ち並んでいた。高さは圧倒的に負けているにもかかわらず、負けじと高さを競っている。どんぐりの背比べだった。

 そして、今俺たちはそのどんぐりの森のなかを歩いていた。比べれば小さく見えるビルも、人間から見れば相変わらず巨大なままだ。灰色の森、赤青黄色と煌めくホログラムの広告、看板たち。保安用の街頭スキャナーが盛んに首を巡らせているあたりも、最先端の都市だと思わされる。


 やがて、俺の事務所に辿り着いた。電磁遮蔽が付いた。閉鎖されたネットワークのなかに入ったのだ。


「何か、飲むか」


 何気なくそう尋ねた。

 彼はハッハッと呼吸をして、


「そうだね。お水を頂戴」

「わかった」


 冷蔵庫のなかを見る。

 そういえばあの時からカフェインを摂らなくなったな、と思った。苦い味は自分に対する戒めのつもりだったが、甘い味を占めれば止められなくなるらしい。甘えはとめどがないようだ。

 とりあえず水にしておいた。

 水分補給が済むと、彼は語り出す。


「ジン。テッドは死んだよ」

「……そうか」

「それで、彼からメッセージを貰ってる。僕の首元を見てくれ」


 彼は首を横に向けて、首輪のあたりを見せつけた。よく見ると、首輪になにかが巻きつけてある。ひとまずそれを取ると、ひどく妙な形をした記録媒体だということがわかる。


「これをどうすれば良いんだ」

「僕の首輪を一旦外して、そのなかに読み込めばいいんだよ」

「なるほど」


 試しに彼の首輪を外してみる。メディカルドッグ専用の装着型端末(ウェアラブル)で、しかも国際英語や、中国語、日本語への翻訳機能付きだった。記録媒体は、その首輪に適応していたのだ。


《分析中……メッセージが一件確認されました。再生しますか》

《Yes》

《OK、Now Loading……》


 二三秒間の沈黙。だがこの沈黙はねっとりと飴で引き延ばされて、とても薄気味悪かった。

 翻訳機能を失った犬は、不安げに黒いまなこで覗き込んでいる。言葉が通じないだけだ。


 やがて、ようやく付いたとき、


「やっほー、ジン」

《やあ、ジン。それに……チェン》


 チェンが入ってきた。

 俺は慌ててストップを掛けた。しかし彼女は耳ざとかった。飛び出すように部屋へ駆け込むと、


「兄、貴……いるのっ」


 と大声を出す。

 彼女は俺の制止も聞かず、さんざん歩き回った挙げ句、きっとこちらを睨みつけた。


「ジン。いくらあなたでも、嘘は吐かないで正直に答えて」


 彼女の顔は、堪えるに堪えきれない何かを懸命に食いしばっている表情に揺れていた。


「……わかった」


 諦めて、腰を下ろした。

 データの再生を、再開した。


《君たちがこれを観ているならば、僕は死んだものとしてくれ。失敗したんだ。僕の、僕自身の本懐は遂げられなかったということだ。だから僕はこれから、レオナルドに託した遺言の中身に入りたいと思う》


 この言葉を聞いて、ふとチェンの顔を見る。しかし彼女は泣かなかった。まるで食い入るかのように、真剣な表情を崩していなかった。


《まず、なぜ僕がこんなに焦っていたのかを説明した方が良いかもしれない。僕はもともとさる〈財閥〉の一人息子だった。君も知っているかもしれない、アーツ・インダストリー社だ。オーダーメイド・オートメーションと呼ばれる高度な生産システムを本格的に導入して成功した〈財閥〉なんだ。僕はそこで、いわゆる英才教育を受けていた。文学、数学、歴史、物理化学、政治経済、統計、経営、……とにかく将来総裁になるために必要な知識はことごとく詰め込まれたよ。でも、ある日、それは変わってしまった。突然、予告もなしに……》


 このとき急に胸を突かれたような感触がした。テッドという人間が、過去が、記憶が、情報が、今まで隠され続けていたあらゆるものが、明かされた瞬間、自分がいかに無知であったのか、わかったからだ。

 俺は何も変わっていない。企業でミスを犯して、落ちこぼれて以来、何も変わっていない。


 窓の外では、雨が降り出していた。

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