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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission4:Long Long Goodbye
18/23

Past1

 俺がテッドと初めて出会ったのは、フリーの傭兵としてようやくまともに自立ができて間もないころだった。当時の俺は企業に関する悪評で名が知れていて、生計を稼ぐにはどぶネズミのようなことでもなんでもしなければならない状態だったのだ。


 あの日。……

 冷たい雨が降っていた。地球温暖化(グローバル・ウォーミング)が進んだとは言え、冬の寒さはときとして身を切るように鋭い。

 東京湾上に君臨する新東京市では、まだ超積層摩天楼(ハイパービルディング)の建設が終わっていない。本来ならば高さ一〇〇〇メートルを超える予定だが、現在三〇〇、良くて四五〇メートルだ。だがそれでも文字通り天を衝くほどの巨大建築は、新世紀の都市──垂直都市(ヴァーティカル・シティ)の先駆的なモデルとして世界中の注目を集めていた。


「どうだい、さながら巨大な蟻塚じゃないか」


 当時赤の他人であった俺に、彼は気安くそう言ってきた。眼鏡型端末(アイ・グラス)でオブラートに包まれた瞳で、窺うように閃く視線を投げかけながら。

 東京湾ブリッヂの上である。休憩がてら自動運転車(ロボット・カー)を降り、海風に吹かれているときに彼と出会ったのだ。


「建設デザインにでも関わっていたのか……」

「いいや」

「それとも、あそこに住んでるのか……」

「違うよ」


 彼の笑顔は感情が読み取れなかった。表情が豊かなくせに本性を押し隠している。


「何の用だ」

「いや、たまたま同じ行き先の人だなぁ、と。実は臨海副都心のあたりから一緒だったんですよ……」

「ほう」


 おざなりな返事をすると、彼は片眉を上げた。


「どちらまで、行くんで」

「新東京市」

「はは、誤魔化しちゃいけない。そんなの分かりきったことじゃないですか。問題は、新東京市のどこか、てことです」

「言う必要はないだろう。そもそも赤の他人だ」


 そもそも拡張(A)現実(R)で相手の公開情報(プロフィール)すら視ていない。視れば視るほど、視界が遮られてうんざりするのだ。


「そうか……じゃあ今知り合いになろう。僕はテッド。テッド・ウェンと言うんだ、よろしく」

「……等々力 仁」


 テッドは握手を求め、俺は応じた。


「それで、行き先はどこ?」

「……知り合ったばかりの奴に誰が教えるんだ」

「ジン、秘密は持たない方がいい。情報は常にフリーであるべきなんだから」

個人情報(プライヴァシー)はいまや生活権の一つに加算されている。その侵害は民事裁判に持ち込めるほどの案件だが」

「なら意地でも言う気はないと」

「少なくともお前のようにふてぶてしい奴には言わないね」


 つかの間の沈黙。

 睨み合う二つの眼。

 そして握られたままの右手。


「なるほど。きみは僕が期待していた以上の人物だったよ」


 先に一歩引いたのはテッドの方だった。彼は両手を上げると、参ったというジェスチャーをしてみせる。


「きみの仕事(ビジネス)に対する真面目さは本物だよ。僕があらかじめ見込んでいただけのことはある」

「何が言いたい」

「協力、とでも言おうかな」


 ニヤリ、と笑う。そして眼鏡型端末(アイ・グラス)を直すと、空高く聳える建築物を見やって、


「きみは今から約二十三時間後に死ぬかもしれない。恐らくは……ガン細胞を注入されて、酷く苦しみながら」

「ほう。なかなか具体的だな」

「僕は、情報を持っている。そしてきみに売ろうとしているのさ。さて、どうする」

「情報を秘匿してはならない、と言った口がよくもぬけぬけと」


 俺は苦笑した。


「一つだけ例外がある。取引(ビジネス)が関わると情報は隠され、高い値段で駆け引きの材料になるんだ。いいかい、情報は最も小さい経済単位なんだよ。朝起きる、呼吸する、歩く、いつ、どこで、どこへ、いかにして……これらの具体的な事実を積み重ね、集積していった先に人間というビッグデータが完成する。ここでやってるようなさりげない会話も、情報なのさ」

「それで、お前は何がしたいんだ」

「僕としばらく組んでほしい。どうせ駆け出しフリー業者で、情報屋に事欠いていたんじゃないのかい」

「やれやれ……最初からチェックメイトを喰らってたってわけか」

「物分かりのいい人は助かるよ」


 テッドは初めて本心からの笑顔を見せた、ような気がした。

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