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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission3:Anny Memonic
17/23

 爆発。そして銃声。

 もともとスラムのあばら家だった空間だからか、壊れるのはあっけない。俺は治りかけの身体に鞭打って、飛び起きた。


「テッド、武器を」


 彼は無言でスマートガンを手渡した。そして、


「こっちに車を用意している」

「ああわかった。だがそれはお前が運転しろ。俺はあいつを斃す」

「ふうん、やれるものならやってみな」


 と、割り込んできたリヴィエラの声。もうもうと湧き上がる煙りのなかから立ち現れる、しなやかな肢体の影像。


「死なんて安いもんだけど、私の持ち金減らされたのだけは許しがたいよ、あなた。医療費は決して安くないんだから」

「そりゃどうも」


 おざなりな返事をするが、もとより彼女は興味がなさそうに、独りごちた。


「その腕を見る限り、今回は私の毒玉は効かなそうね」

「言う必要はない」


 銀色に輝く腕を回しながら、俺は身構えた。まだ使い方がわかっていないが、どうせテッドのことだ。ただの義手を付けたわけではないだろう。

 リヴィエラは北叟(ほくそ)笑む。

 反応する間もないまま、彼女は俺との間合いを詰めてきた。上体の急所と足元を狙い付ける波状攻撃が、無駄なく、そして素早い動きで繰り出されてゆく。

 俺は能うかぎりの動きでその攻撃を防いだ。あちらは生身、こちらは機械だ。痛覚がまともに効いているならば、彼女の攻撃が長続きはしないはずである。


 しかし打突は止む気配がない。


 自分の身体の限界を知らないのだろうか。と感じられるほどに彼女のやり方には疲れも痛みもなかった。おそらく痛覚停止剤でも使っているのだろう。だとすれば、この義手の使い方を戦いながらでも覚えなければならない。

 鳩尾に飛んできた拳を、右手で掴み取る。もう一方の拳も左手で掴み取り、動きを封じた。だがリヴィエラは膝蹴りをかましてきたため、その手は一度離さねばならなかった。


 再び間合いを取る。


 だが、リヴィエラは構えを解いた。油断のない、緊張感だけを漂わせたままこちらを凝視している。


「どうした。もう終わりか」

「ほざきなっ。あなたはもうチェスゲームに負けたのよ」

「なに」


 と、言った途端、背後で爆発が起きた。


「脱走経路はちゃんと把握済みだったの。あなたの相棒とやらも、甘々だったようね」


 リヴィエラは高笑いを上げる。


「貴様、まさか」

「言う必要はないわ。私はどんな手を使ってでも任務を遂行するの。プライドとか一文にもなりゃしないものに拘らないのよ。さあて、私の仕事もこれで終わり。もうあなたとは戦う理由もないわね」


 彼女は立ち去った。

 俺はやるせない思いをぶちまけてやろうかと考えたが、無駄だった。それよりも、早くテッドたちのもとへ行くべきなのだ。


   *  *  *


 アニーは死んだ。

 テッドは居なくなっていた。

 そしてチェンは泣いていた。


 少年の骸の傍らに、彼女は一人で虚しく、惨めに泣いていた。


「チェン」


 俺はどう声を掛けるべきか悩んだ挙げ句、そう言った。


「……すまん」

「ううん、ジンが謝ることじゃない。でもアニーが殺されたときの、兄貴の怒り方が、とても忘れられそうもない……」


 チェンは少年の死に顔を撫でながら、そっと、零すように言った。


「どうして……、どうしてこうもあっけなく人が殺されてしまうの……」

「テッドは」


 チェンは首を振った。


「わからない。兄貴はアニーを殺した人を、一人で追い掛けて……」

「待て、それはどの方向だ」


 と、言った瞬間廃ビルの隙間から悲鳴が聞こえた。

 俺は駆け出した。あらん限りの瞬発力と、持久力を尽くして。


 塵芥の山を掻き分け、陰欝な路地裏を潜り抜け、断続的に響く声を頼りに、少しずつ距離を縮めてゆく。


 そして、路面に血痕が見えたところを曲がると、そこには残虐なやり方で刺客を殺していたテッドの立ち姿があった。

 各関節ごとに刃物が突き立てられ、何人かが壁に磔にされている。彼らが死に落ち着くまで、どれほどの苦痛を負わされたのか。


「テッドっ」


 彼は振り向いた。眼鏡型端末(アイ・グラス)もなく、鬼のような形相で。


「失敗した」


 開口一番がこれだった。


「あと少しだったのに。とても惜しいことをしたよ。してやられた、とでも言えばいいのかな……」

「テッド、お前最初からずっと嘘を吐いていただろう。ブラックマーケットになんで出入りしているのか、金稼ぎなんかじゃなくて、そう、お前の()は、そこの知れない穴のような瞳は、ずっと何かを付け狙っていた。違うか」


 彼は答えない。その代わり、ゆっくりと深呼吸をする。むしろそれが答えのようなものだった。


「もう……君とは組めそうもないね」

「違いない」

「僕はただ隠れ蓑が欲しかっただけだ。君は落ちこぼれの企業戦士(サラリーマン)で、もはや路地裏でハイエナ稼業をするしかない、私立の傭兵。充分すぎるほどの隠れ蓑だった。

 だけどね、最後にわがままを一ついいかな」

「構わん。言え」

「チェンを頼む。僕が居なくなったら、もう彼女は一人きりだろう」

「わかった。だが無責任だな、保護者失格だ」


 テッドは曇りがちに笑った。


「金はあるさ。だけど、これは僕自身の問題でね。もうこれ以上誰かを巻き込むわけにはいかない」

「……そうか、なら好きにしてくれ」

「すまない」


 彼は、俺に背を向けた。

 そして行ってしまった。

 途中で一度も振り返ることすらなく、ただずっと影が見えなくなるまで、歩き続けていた。


 遠くから救急サイレンの音が、虚ろに響いていた。

Mission3 Incompleted

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