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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission3:Anny Memonic
13/23

 雨は憂鬱を思い出させる。室内外ともに湿気を多く孕み、ウェットな気分に浸し、そして敗北の記憶を思い出させる。土砂降りのなかで感じる孤独の味は、泥と血に塗れていた。

 どこまでも垂直に伸び続けるこの生きた都市は、雨の中でもひっきりなしに成長を続けていた。人間の欲の象徴、絶え間なく自然淘汰される文化と文明の記念碑。それが東京という生き物の正体だった。時に根気強い種子が雨風を凌ぎながら次の開花を待つことはあるが、表向きには敗者はすなわち死を意味する。ダーウィンの進化論はもはや生物進化の全てを物語りはしないが、人間の経済戦争の有り様をうまく物語っているように思える。環境に適応できない方が滅びるのだ。


 二十二世紀になり、科学技術が発達したとされる現代でも、天気だけは意のままにならない。だからこそ、天気は記憶とよく結び付いている。テクノロジーでも変えられないものは、良くも悪くも脳の奥にこびりつくものだ。


 そんななか俺はカフェインドリンクを飲んでいた。カップから喉に沁み込んでくる苦味は、自分への教訓、裏切りの味だった。


「失礼するよ」


 と、テッドが前触れなく現れた。ドアを開ける音。コートを脱ぐ音。そしてもう一人の足音。


「さあ、入って。もう安全だから」

「う、うん」


 誰かを招いたようだった。

 俺は窓の外から室内へと眼を向けた。するとそこにはいつもの眼鏡型端末(アイ・グラス)の柔和な顔に、加えてもう一人、小柄で棄てられた犬のような顔をした少年がいた。


「テッド」

「うん、説明するからそんなに険しい顔をしないでくれないかな。この子が怯えてしまうじゃないか」


 少年はテッドの背後(うしろ)に隠れる。そこから覗くように俺の顔を見つめている。


「だがここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

「依頼人なら入っても問題ないでしょ……」

「この子どもが依頼人だと」


 俺は思わず鼻で嗤う。


「笑わせるな。この子どもの何処に支払い能力があるんだ」

「ないわけじゃあないよ」

「何」

「まあ詳しくはこれから話すよ。とりあえず、アニー、自己紹介をしておくといい。キミを護ってくれる傭兵さ」


 テッドは少年の肩を優しく叩いて、まえに出した。少年はおじおじとしていたが、やがて心を決めたかと思うと、


「アナーシー・ウェルズです。よく仲間内ではアニーって言われてます……」

「等々力 仁。それが俺の名前だ」


 まともに名乗るのは久しぶりだった。企業に勤めていたとき以来だ。しかしそう思った途端、嫌悪の情が湧いてくる。どうも雨はいけない。人の心を感傷的(センチ)にさせる。


「それで……何の依頼だ……」


 と、俺はテッドに尋ねた。


「この子を二週間保護してやって欲しい」

「おいおい、それじゃあまるでお前が依頼人のようじゃないか」

「おっと、訂正しよう。この依頼は僕からのものだ。そして、報酬は彼が支払う」


 テッドは表情が読み取れない笑みを浮かべ、少年を掌で示した。俺は少年と眼があった。澄んだ青。この世の本当の恐ろしさをまだ知らない、優しい色……


「お前、いくつだ」

「えっと、今年で十三です」

最後の十年間(ラスト・テンイヤーズ)の生まれか……」


 ふと年月を感じる。こいつが生まれたとき、俺はまだ〈アカデミー〉の学生だった。前途有望の若者とされ、自分でもそれを疑わず、必死に勉学に励んだものだった。

 その末路が今の傭兵稼業か。

 自分を苛む声が聞こえる。とても嫌な気分だ。感情を思い出すとろくなことがない。


「テッド」


 と、俺は胸の内側にある感情を殺しながら言った。


「良いだろう。だが、依頼人だからといってお前の怠慢を認めるわけじゃないから、覚悟しておけ」

「はは、お手柔らかに……」

「まずは聞きたいことがある」

「何かな」

「この子どもが何に追われ、そしてどうしてここに来たか、具体的に語って欲しい」

「だと思ったよ」


 テッドは肩をすくめる。


「とりあえず、少し長い話になる。掛けてくれ、ぼくは飲み物を用意しよう。アニー、君も一緒に聞いてくれよ。自分が何者であるかをよく知ってもらいたいのだから」

「ありがたい。俺のはコーラにしてくれ」


 テッドは目を丸くした。


「カフェインドリンクじゃなくていいのかい」

「たまには甘いのも飲みたい」

「今夜は雪が降りそうだな」


 カレンダーはまだ秋に入ったばかりだ。


「アニーはどうする」

「この人と同じで……」

「ほいほい」


 テッドは、三人分のコーラをグラスに入れて、持ってきた。


「じゃあ、話してくれ」

「オーケー。だけど僕は物語りの名手じゃないから、語り口が下手なのは許して欲しい。そうだな、冒頭は……」


 しばらく考えあぐねてから、テッドは静かに物語りを始めた。

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