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「テッド、ご苦労様でした」
鷺本はそう言った。
俺はテッドを見上げる。彼はとても冷たい笑いを貼り付けると、身体を手放した。俺はふたたびアスファルトに叩きつけられた。
彼は歩き出す。そして鷺本の隣りに立った。
「ふふ……あなたはテッドを相棒だと思っていたようですが、彼はすでに買収済みなのです。オフィスに置いた鏑坂くんの始末も彼がやってくれたでしょう。あとは、等々力 仁。あなたを殺すだけだ」
俺はもう身体の自由が利かなかった。血が流れ過ぎた。スマートガンを構えようとしたが、震えが止まらず、落ちてしまう。
それを鷺本が拾った。
「ほう……なかなか良い銃だ。これで人を撃つのは、さぞかし楽しいことでしょうねぇ。どれどれ、この銃を試してみましょうか。しかし私は自分の手を汚すのが嫌いでね」
と、スマートガンをクローンに渡そうとする。しかし、クローンが持った瞬間、セーフティが掛けられる。
「あー、ちょっと待ってください。それは個人用なんです」
テッドが柔和な笑みを浮かべながら、鷺本に近づく。そしてスマートガンを手に取ると、
「これはIDの書き換えをしないといけないんですね。えーと、これをこうすれば……」
そのとき、銃が暴発した。
そして鷺本の眉間に穴が空いた。
「な、に……」
彼は糸の切れた人形のように崩れ落ち、死んだ。その途端、周りのクローンたちは錯乱し始めた。
「どういうことだ……」
「蟻のように、てのはそのままみたいね。主人が死んだら自律できない、可哀想な人形たちだ」
「それにしても、作戦は成功だったな」
「まったく、悪い役を僕に押し付けないでほしいな。今回きりだぜ……」
「そうさせてもらおう。借りができたな」
「いつか返済してもらうからね」
テッドがニヤッと笑った。
ますますこいつはわからないやつだ。
* * *
結局、警察に通報して、一件落着した。非合法のクローンはみな殺処分され、オリジナルと目されるゲノムとコネクトームは、媒体を介して生存意志を尋ね、その生死を決定された。
そして……
《やあ、調子はどうだい》
《悪い気はしないな……やっと解放されたって感じがする》
《そいつぁ何より》
俺は、今ふたたび鏑坂と会っている。彼は生命博物館のなかで、永遠の命を獲得したのだ。
《ところで、〈製作〉の方はどうなってる》
《まだ続けているさ。〈ギルド〉の検挙があったお陰でブラックマーケットとの取引は破談になったけど、お陰で創作のためだけに励める……誰かの人形でいるうちは、何も作ることができなくてね》
《だから、お前の作風はここ数年変わらなかったのか。むしろ陳腐の極みだった》
《そうだな……今ではせいせいするよ。創作は自由にやるのが一番だ》
テッドは朗らかに笑う。
《まあ、良いものができることを祈ってるよ、芸術家さん》
《ああ、期待してくれよ》
彼は消えた。アクセスが切れたのだ。
俺はおもむろにテッドに尋ねてみた。
「俺は企業戦士だったからよくわからないんだが、創作というのは大変なのか」
「大変さ。創作は極めようと思えば思うほどにわからなくなってしまう。喩えるなら、陽炎を追い掛けるようなものさ。いつまでも遠くに見える。走っても走っても、先にあることだけがわかって、諦めたくなる……そういうものだと思っている」
「鷺本は最低な野郎だったが、〈ギルド〉体制は創作を助けると思うか……」
「それはわからないな。創造性にとって最大の敵は何かわかるかい。公認されることさ。公認され、庇護された瞬間、創作は保守的になり、陳腐なパターンを繰り返すことしかできなくなる。古来体制に飼い慣らされた芸術は、安定はするものの、創造性に於て弱体化を始めるものなのさ。芸術史をさらっと眺めてみれば、新しい潮流は常に外側や、アウトローからやってきたものだよ。例えば、イスラーム、ルネッサンス、能や狂言、河原者の演じる歌舞伎、ジャポニスム、二十世紀アメリカのカウンター・カルチャー……彼らは体制や正道に常にNOTを突きつけてきた。敵を知り、己を知り、そしてなお現状に果敢に向き合い、挑戦をやめなかった。それが芸術の本質さ。職人芸は美しいし、大切なものだけれど、……職人芸が創造性を生むとは思えないな」
「ま、どこにいってもそれなりの苦労はあるものなんだな」
「違いない」
ははっとテッドが笑う。
その笑いの意味を尋ねてみたかったが、その前にオフィスに着いてしまった。この質問は、また次の機会にしよう。そう思って、俺は綺麗さっぱり忘れることにした。
Mission2 Completed




