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22世紀の企業傭兵たち【打切】  作者: 八雲 辰毘古
Mission2:Living Doll
11/23

「どういうことですか」


 鷺本はこちらを向いた。その表情(かお)は何を考えているか掴み難い。営業スマイルはすでにかなぐり捨てられ、能面のように不可思議な顔だけがそこに残されている。


「二度も言わせるな。俺はこの仕事から降りる。前金も返すから、これで貸借りなしだ」

「冗談ではありません。あなた、それでは信用に(もと)りますよ。この世はすべて駆引き(ビジネス)です。そしてビジネスには、信用をいかに得るかが重要なのですよ。信用を裏切る行為はとんでもない卑劣さとともに、社会的な死が与えられるでしょう」

「その言葉はそのままお返しする」

「なに……」

「確かに企業傭兵(サーヴァー)は、汚れ仕事もやる。だが貴様みたいなブラック〈ギルド〉の手助けをするほど俺はまだ落魄(おちぶ)れちゃいないんでな」

「意味のわからないことを……」

「ハッキリ言ってやろう、非合法クローンをこき使ってるようなところの肩を担ぎたくないんだよ。面倒ごとはごめんだからな」


 つかの間の沈黙。

 だが、鷺本は嘲りを隠さない笑い声を上げた。


「ハッ、なにを仰言いますか。あなた方はどぶネズミ、もしくは飼い主を求めるゴキブリにすぎません。企業の犯した失態(ミス)を餌にし、不祥事に付け込んで金の井戸を掘る。……有り体にいえば何でも屋ですが、その実は人の靴を舐め、床のゴミを食い散らかす小悪党だ」

「なら決まりだな。この商談(ビジネス)は破談だ。俺はもう貴様とは縁もゆかりもない、赤の他人だ」

「そういうわけには参りません」


 鷺本は指を鳴らした。


「あなたは私たちの企業秘密を知ってしまった。秘密を知られた以上は、死んでもらうしかありません」


 ドタバタと足音が迫ってくる。振り返ると、気味の悪いほど似たり寄ったりの顔をした連中が、銃を構えて取り囲んでいる。


「彼らは蟻のように私の命令にしか従わない人形たちだ。もちろん複製によって作り上げたものだが、身体能力は大の男と大差ない。便利な兵隊だよ、まったく。科学の発達した未来に人権なんて要らないのさ……」

「大した悪党だぜ。これだけの罪を平然と犯しやがって」

「知らないんですか、バレなければ犯罪とは言わないのですよ」


 鷺本はテーブルの下に隠れながら、言った。


「やれッ」


 駆け出したのと、構えた銃が火を噴くのは同時だった。鷺本を捕まえることも考えたが、その余裕はなさそうだった。肩と脇腹に弾丸が当たる感触がする。激痛が迸るが、それが身体を支配するまえに、俺は窓を突き破る。そしてガラスの破片を身体中に突き刺しながら、自由落下に身を任せた。

 三秒も数える間もなく、俺はアスファルトに叩きつけられた。痛覚が全身を貫いてゆく。それでもまだ生きていたのは、この仕事の都合上取り替えた人工骨格や、あらかじめ飲んだ痛覚麻痺剤のおかげだった。麻痺剤でも抑えられない痛みを抱えて、俺は通りを抜け、地下駐車場に降りた。物陰を見つけてそこに隠れる。


《テッド……》

《はいはい》

《やはり鷺本はクロだ。だが結構ダメージが重い。手を貸してくれ》

《りょーかい》


 乱雑に通信が切れる。

 今ごろ鷺本は俺の血痕をもとに跡を追いかけているのだろう。足音はまだ聞こえないが、追跡は確信できた。

 深呼吸をする。背筋から血の抜け落ちる感触がする。身体の震えがだんだんと酷くなってくる。もう関節の動きが鈍くなり始めていた。


 俺は万が一の事態に備えて、スマートガンを抜いた。そのとき、足音が近づいてきた。一人分の足音だ。


「ジン……」

「テッド、すまん」


 現れたのは、険しい表情をしたテッドだった。普段は柔和であるためか、そのギャップが大きい。彼は俺の肩を担ぐと、引きずって歩き出した。


「すまん……テッド」

「言わないでくれよ。いつものことじゃないか。気にするなよ」

「じゃなくて、お前のことを調べさせてもらった。……お前、まだブラックマーケットでブローカーしてるんだってな」


 テッドは無言だった。しかしそれでも俺の身体は手放さなかった。


「俺は、てっきりお前がデータ海賊から脚を洗ってから来たのだと思ってた。そうじゃなかったんだな」

「違うさ。脚を洗ったのは確かだけれど、またやってるだけなんだよ。金稼ぎのためにね」

「金稼ぎ……なんのために」

「チェンさ。あの子には〈アカデミー〉を卒業させてやりたい。それが悪に染まった僕の、それなりの償いってものさ」


 俺は返す言葉を失った。テッドが過去のことを喋るのはそう多くはなかったからだ。


「さあ出るぞ」


 テッドがそう呟いた。

 そして地下を出たそこには……


「残念でしたね」


 鷺本は勝ち誇った顔で俺たちを睨め下ろしていた。その背後(うしろ)からヘルメットを被ったクローンたちが控えていた。

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