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鏑坂の隠れ家には、いわゆる『製作』らしきものは見つからなかった。本人は揺すっても叩いても何も言わない。話すか話さないかという問題以前の問題で、パニック状態になっているからだった。
「た、頼む……俺は生身でいたいんだ……合成もサイバネティクスも要らないっ……とにかく生身のままで……」
始終、こればかり言っている。
《呆れたね》
テッドがやれやれ、と言わんばかりにため息を吐く。
《記録媒体も漁ったの……》
《今からやる》
《面倒だなあ、いちいち調べるのは手間と時間が勿体なさすぎないか》
《……テッド、お前やけに消極的だな》
《依頼内容に関しては、奴を殺す。それだけでもはやなんの問題もなく、カネを得て終わりじゃないのか》
《間違いじゃない。だがお前のその態度の変わりようはなんだ》
《キミには関係ない》
《確かに関係はないだろうな。だが俺はもう、合理的な考え方はまっぴら御免なんだぜ》
テッドは黙った。そこにはなんの感情をも伴わない。
《ならキミの勝手にしろ》
《そうさせてもらう》
通信が切れる。
俺は鏑坂の情けない泣き顔を睨んだ。
「いい加減にしろ。お前はまだ殺さないさ」
「頼む、頼むゥ……」
「クソッ、話にならない」
人間も堕ちるところまで堕ちれば、これほど醜くなるのだろうか。怒りよりも諦念の方がもたげてくる。〈ギルド〉ができる前に死んだ親父とて、これほど惨めではなかった。
俺は鏑坂の胸ぐらを掴んだ。鏑坂はハッと眼を見開き、口を開けたままにしている。
「いいか。俺はお前の生命やDNAがどうなろうと知ったことじゃないんだ。さっさと『製作』とやらの記録を見せてくれりゃいいんだ。わかったか」
鏑坂は喉にものがつっかえたかのように喘いでいたが、やがてせわしなく頷いた。彼は手を戦慄かせながら、棚を指し示す。
「あ、あっちだ」
俺は男が逃げないように注意しつつ、その棚を漁る。だがどれがどれだかわからないため、俺は再度鏑坂の方を見遣る。鏑坂は周章てて近寄り、棚のなかからペンの形をした媒体を取り出してみせた。
「なあ、そろそろまともに聞かせてくれないかな。お前が鷺本 薫と離別した理由について」
「そ、それは……」
手が止まる。震えが起こる。
俺は棚に掛けた腕に体重を傾けながら、鏑坂の顔を覗き込む。
「なあ、先刻から気になって仕方ないんだが、あんたは一体なにに怯えているんだ」
「……し、しし死だッ」
「馬鹿抜かせ。生体情報と神経回路図さえあれば簡単に『死に還り』できるような時世に、貴様の言い分が通じるわけねえんだよ」
「違う、何度も何度も死ぬんだ……生きることがなんなのかわからなくなるくらい、死に続けるんだよォ……」
ふたたびパニックに陥る。彼は涙と嗚咽を零しながら床に伏せった。
《なにがなんだかわからないね》
《それはこっちの台詞だ》
《しかし、これだけの恐怖が、即興の演技でできるほど彼は器用そうには見えない》
《それも、俺の台詞だ》
俺は足元でうずくまる男に、声を掛けた。
「まるで体験してきたかのようだな」
すると、男は目を見開いて、こちらに憐れみを求めるかのように見上げている。
「そうだ……俺はもう何度も死んでいる……俺は……複製体なんだ……ッ」
テッドが片眉を上げるイメージを寄越した。
《非合法クローン……》
《なるほどな。あの〈ギルド〉はそういう仕組みだったのか。道理で企業傭兵に暗殺なんて依頼するわけだ》
《安く見られたもんだね。どうする。仕事はするのかい》
《いや、気が変わった》
《だと思った》
床では鏑坂が臓腑を吐き出す勢いで冗舌っていた。
「想像できるか……俺の生体情報と神経回路図はあっちで保管されてて、言うことを聞かなかったらその場で殺して、再生産するんだぜ……それでいて、記憶は丁寧に死んだことまで憶えているんだ……全身から血が抜け落ちてゆく感覚、肉体を覆う冷たさ、なにもかもが暗くなってゆく……孤独ッ、そうさ人間は死ぬときは永遠の孤独なのさッ……それでいて空っぽで、なにもない……無……俺が怖いのはそれだ。何もかもが空虚になるそのときが、いつ本当に訪れるのかが怖くて怖くてたまらないんだッ……前々回は死ななかった。前回も……でも次は……今度こそ虚無から帰って来られないかもしれない……」
「鏑坂。だが貴様のその記憶は貴様のものじゃない。貴様だった何かのものだ」
「俺にはそれが耐えられないッ……俺が誰なのか……俺は何なんだ、俺は鷺本の人形なんかじゃないんだッ……俺は人間なんだよォ……ッ」
俺は、鏑坂が啜り泣きにまで落ち着くのを待った。そして、言った。
「助かる方法はある。試してみるか……」




