無題 夢 03・14
ある朝、ある女の子が自分のクラスに着くと、仲のいい友だちが駆け寄ってきました。
その女の子のお母さんがずっと病床にあった時のことだそうです。
「今、あんたのお母さん、来てたよ。そこにあった花瓶が割れたの。
あんたの様子を見に来たんじゃない?」
女の子は急いで家に帰りました。
女の子のお母さんが亡くなった後でした。
私よりも背の低い年輩のその女性が、私の隣で静かに語り始めました。
彼女がまだ小学生の頃に、お母さんを亡くされたんだそうです。
「それから何度も母の夢を見るようになりました。
それがね、不思議なんですよ。
主人と結婚をした途端、夢に出てこなくなったんですから。」
「今では?
今ではもう、お母さんの夢を見ませんか?」
「娘が二人産れて、二人とも嫁いで、夫も五年前に亡くなりました。
今では・・・そうですね。
夢を見ても忘れてしまいますよ。」
「あなたは、しあわせだったのですね。」
その女性は遠くを見つめてうっすらと微笑みました。
「私は○○ちゃんの夢をずっと長い間、見ていました。
部屋にただ二人でいるだけの時もあるし、一緒に寝ていることもあります。
時々は、彼が私の亡くなった父と仲良くおしゃべりをしていることもありました。
それが、私が結婚をした途端、全く出てこなくなりました。
私も忘れていたんです、○○ちゃんのこと。だって、ずっとしあわせでしたから。
○○ちゃんのことなんて全く忘れていたんです。
それが、2、3ヶ月ほど前からまた頻繁に私の夢に現れるようになったんです。」
「まぁ、それは。・・・どうしたのかしら?」
「そうですね、私もどうしたのかしらって思っていました。
それが・・・、
それから昨夜、夫から突然、離婚を言い渡されました。
私はすぐに夫の意向を受け入れることにしました。」
「なにかあったのかしら?」
「そうなんです。
彼の身になにかがあったのだと思いました。
でも、確かめる術はありません。」
「私が言っているのは、あなたの旦那さんにってことですよ。
あなたの旦那さんになにがあったのでしょう?」
「あぁ、彼のこと・・・。
いいんですよ、彼のことは。もう、結果は出ていましたから。
もともと私は結婚向きではなかった。
そうでした。いろいろと忙しくなりそうです。離婚の準備をしなくてはならないので。
いろいろと面倒ですね。書類とか。
あぁ、そうでした。『鶏ハム』が途中でした。
いい加減、今日こそはラップに包んでボイルをすることを伝えておかなくてはなりません。ふっ、だってもう、生肉のまま二日も冷蔵庫に入れっぱなしですもの。
火を止めた後、冷めるまで取り出してはいけないことも言っておかなくては。
彼は好物のくせに何も知らないんですよ、造り方とかいろいろ・・・。」
「それでいいのですか?
もう、戻れなくなってしまいますよ。」
「何年も前から戻れていませんでした。
たぶん、彼もそのことを知っていたのでしょう。
私の目の前に、いつも彼はいなかったから。」