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動機  作者: 嘉那
3/8

第二話「悲しい再会」

『スナック Blue』

看板の電気はついていない。まだ夕日が差し込む時間だから、ではない。

ドアには張り紙がしてある。


お客様へ、

ご愛顧ありがとうございます。当店は一身上の事情により、暫く休業させていただきます。

蒼井


とだけ書かれていた。

風雨にさらされたその紙切れは、ずいぶんの時間の経過を想像させた。


―お母さん…

懐かしい、母の筆跡を指でなぞった。

―いつから?

問いたかった。

だけど…問うべき人はもうこの世にはいない。


裏に回ると、古びた民家になっている。

莉乃が二十歳で家を離れるまでの20年間を過ごした家。

言いようのない切なさがこみあげ、息苦しさすら覚えた。

家の奥に明かりが見える。

―お母さん!?

はっとして、玄関に駆け寄り扉を開ける。

鍵は開いていて、奥から人影がゆっくりと近づく。

「莉乃!よく帰って来たな。」

優しい声の主は、電話をよこした人物だった。

「俊之叔父さん…」

叔父の姿を見て、ほっとしたのと同時に、言いようのない気持ちを持ち余した。

本当に母はいないのだと…

悪い冗談であってほしい。

しかし、叔父の顔は少しやつれて、ぐっと老けこんだように見えて、決して嘘ではないと語っていた。


奥の茶の間に通され、愕然とした。

そこで、母はとびっきりの笑顔を見せていた。

写真の中で。

見覚えがある。そう、最後に一緒に箱根へ温泉旅行に行ったときに写真だ。

母だけが拡大されているが、その隣には莉乃がいるはずだ。

中の良い母子を姉妹のようだと言って、旅館の仲居がとってくれた、二人でとった最後の写真だった。

ずっと、心のどこかで信じていなかった。

信じたくなかったのだ。

だけど、その百合の笑顔を見ているうちに、頬には温かい川ができていた。

―お母さんどうして?

その場にうずくまるようにして嗚咽を飲み込むしかなかった。


茶を運んできた俊之は、声をかけることもできないまま、テーブルのそばに腰かけ、握った拳を膝に強押しあてながら、俯いた。

美しく、やさしい姪の震える肩を直視することができなかった。

―神様、どうしてこの子ばかりが?

そして、俊之は誓った。

この子のためにできることは何でもしようと。


「ひっく…ひっく」

しゃくりあげる悲しみはまだ、尽きることはなかったが、大分落ち着いてきた。

辺りはもう薄暗くなっているようだ。

莉乃の様子を確認すると、俊之がゆっくりかみしめるように話し始めた。

「姉さんは、最近肝臓を患っててね…長年の酒のせいらしいんだけど、ちょうど去年の今頃かな、一回店で倒れて、そのまま入院したんだ。」

―去年?

「一年も前の話なの?どうして?どうして教えてくれなかったのよ?」

言いようのない怒りがこみ上げた。

それは俊之に対する怒りなのか、そうではないのかもう判断はつかなかった。

ただ、それをぶつける相手は俊哉しかいなかった。

俊之は、いつものようにやさしい目を細めて、だけどいつもよりずっと悲しい顔をして呟いた。

「言うなって…姉さんが…」

言葉に詰まりながらも俊之は続ける。

「何度も連絡しようとしたんだよ。俺だって人の子だ。でも、姉さんは教えてくれなかったんだ。お前の連絡先を。」

愕然とした。

―私は母に見放されたのだろうか?

―母は、私に看取ってほしくはなかったのだろうか。

動揺を隠しきれない様子の莉乃に、俊之はそっと言った。

「姉さんは、守りたかったんだ。お前を。わかるな?」

―わからない。

―わからない。

たった2人だけの母と娘が、どうして生きている間に再会できなかったんだろう。

莉乃は、俊哉の問いに答えずに、焦点を定めないような瞳で、遺影の前にそっと置かれた小さな袋を見つめた。


骨と灰。

たったこれだけの骨と灰が、この世に残った母の肉体が確かにこの世に存在した唯一の証。

「私は、遺体にすら会えなかった…ぅっっ…どうして?」

それは、俊之に尋ねたのか、百合に尋ねているのか、莉乃自身にもわからなかった。

俊之は、胸を引き裂かれるような気持ちに、握った拳に力を込めた。

「葬儀に、葬儀にもし、あの連中が現れたら?って…。俺は人の子だって言ったけど、人の親でもある。だから、姉さんの気持ちも、わかってしまうんだ。もう、お前にあんなことが起こらないように…」



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