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浅木との合流

 すでに深夜と呼ばれる時間になり、警察署も静けさを持ち始めていた。

 浅木は缶コーヒーを、自分の机の上で開けていた。後輩が一人入ってきたが、同じ課の者は残り三人だけである。

 遥樹のことを考えていた。

(もう戻っているだろうか?)

 茜には遥樹が戻ってきたら、すぐに連絡をくれるように頼んであるが、まだ連絡はない。遥樹の責任感の強さが表れている目を思い出すと、風也が見つかるまで戻ってこないような気がしている。

 携帯電話のメールの着信を伝える振動が、伝わってきた。億劫そうにメールをチェックすると、すぐに表情が変わった。

 浅木はNシステムの担当者からのメールに、浮かんできた笑みを抑えることができなかった。

「浅木さん。恋人からのメールですか?」

 隣に座っている後輩の波岡が、浅木の顔を見ている。

 浅木は波岡に意味ありげな笑みを向けて、席を立った。

「少し出てくる」

 波岡も笑みを浮かべて、どこへとは聞かない。

 浅木は部屋を出ると、急に緊張した顔になって廊下を早足で歩き始めた。階段を駆け上がって、目的の部屋を目指す。

 ドアを開けると、急に微笑を浮かべた。

「すまんな。頼んでいたものが手に入ったって?」

 浅木の顔に目を止めたのは、同期の緑川だった。その男が以前に暴力団関係と個人的にトラブルになったとき、職場に分からないように浅木が骨を折って治めた。それを浅木は恩に着せるつもりはなかったが、緑川は浅木の言うことなら多少は無理を聞いてくれた。今回も、Nシステムを使って浅木の探している車両を見つけてくれたのである。

「苦労したよ。このチケット、やっと取れたんだぜ」

 そう言って、封筒を浅木に渡した。事務所には、緑川の他に人がまだ残っていた。

「どこに行くんだ?」

 浅木に声をかけたのは、その課の係長で以前に浅木と捜査で協力したことがある男である。

「コンサートですよ」

「似合わないな」

「俺も一生に数度ぐらいは行くんですよ」

 そう言って微笑を浮かべながら、浅木は事務所を出て行く。

 廊下を歩きながら、封筒の中身を取り出した。

 そこにはチケットではなく、二箇所の遥樹の車が通った道と向った方向が記されていた。これだけで遥樹の目的地までは分からないが、大まかな場所は分かる。

 車に乗り込むと、地図を広げる。遥樹は都市部から離れて、山間部に向っているようである。

 遥樹が行った方面に、車で夜の高速道路を快調に飛ばしてきた。尿意を覚えて寄ったパーキングエリアから、空に映る山火事の炎の紅が見えた。

(あそこだ。あそこに木神君がいる)

 そう感じた自分に、浅木はしっくりこない何かを感じていたが、同時にそれが正しいことも感じていた。

 朝日が世界を鮮明なものに変える時刻になった。

 消防のヘリコプターが上空を飛んでいる。

 山道に入ってしばらくすると、煙で視界が霞んでいた。その上、上空まで達した煙は陽射しを遮り、さらに見通しを悪くしている。

(もう引き返した方が良いのか?)

 漠然と何かに呼ばれているような感じは強くなってきているのだが、自分の中の警報が、すぐにここから離れることを訴えている。

 浅木は自分の心臓の鼓動が激しさを増してくるのを、はっきりと感じ始めていた。

(次にUターンできる場所があれば、引き返そう)

 道は広いとは言い難い。所々広くなっている所でも、乗用車同士がぎりぎりですれ違える程度の幅しかない。

(あそこならいけるかな)

 浅木は二股に道が分かれているところでUターンをするために車を止めて、シフトレバーをバックに入れた。十メートルほど通り過ぎていたが、これから先で適当な場所が見つからないかも知れない。


 遥樹は歩いていた。口にタオルを当てていても、煙で喉が痛くなってくる。喉の奥からせり上がってきては、絞るような咳を吐く。


 浅木は注意深くバックして、道路が二股になったところまで引き返してきた。しかし、思ったよりも、二股になった角度が急で反転できない。再び、元の道を進むのも何か意味のないことに思えて、もう一方の道に進む。これが後になって思えば、幸運なことだった。

 道の両脇に注意を向けながら、車を走らせていたため、発見が遅れた。周りの木立に、その姿がどこか似ていたためかも知れない。

 タイヤが土を掘りながら止まる。

 遥樹が目を上げた。その視線が浅木の視線と合った。

「あっ」

 浅木がドアを開けて外に出るより早く、遥樹は車に近づいてきた。

「風也君がいました。早く追いかけて下さい」

 浅木がドアを開けて、外に出る。

「どうしたんだ?」

 遥樹の姿は尋常ではなかった。いつもさっぱりとした様子の遥樹が、靴も服も泥だらけで、樹に引っ掛けたのか所々に小さな破れ目がある。顔にも泥が付いていて、寒い季節だというのに、額に汗を滲ませている。

 そして、手には松の盆栽がある。遥樹はそれを大事そうに、包み込むようにして持っている。

「車が道から落ちたのです」

 浅木は思わず自分が立っているところから、道の横に広がる急な斜面に目を向ける。

「怪我は?怪我は、ないのか?」

「大丈夫です。それよりも、風也君を追いかけて下さい!」

 そこでやっと浅木の意識の中に、風也の存在が浮かび上がってきた。遥樹のインパクトのある登場で、思考がしばらく止まっていたのである。

「とりあえず車に乗るんだ。本当に怪我はないんだな?」

 浅木には車に乗ったまま、斜面を落ちて無事であるとは思えなかったが、遥樹の様子からは大きな怪我をしているようには感じられない。

 遥樹は素早い身のこなしで、助手席に乗り込んだ。いつもの、自分の高い身長を少し持て余しているような動きではない。

「どこかに、車を反転させることのできる場所はないか?」

 その問いに遥樹は即答した。

「三百メートルほど先の道沿いに、空地があります。少し狭いですが、反転できると思います。

 炎が先に見えるが、バックで山道を下っていくわけにもいかない。

 浅木は大きく息を吐いて、車を前進させた。

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