少年
風が肌を触っていく時、体温を僅かに奪い、代わりに清涼感を与えていく。そんな季節が、目の前にあった。
春を深く感じさせる鮮烈な若葉が、樹々の枝に茂っている。
その中に一際大きな樹がそびえている。長身の男が両腕でその幹を抱えようとしても抱え切れないほど太い幹。三階建ての家の屋根よりも上まで伸びた枝。
一人の男の子が、その樹に体を預けるようにして立っている。
目を閉じ、耳を木肌にそっと押しつけている。
小学三年生か四年生ぐらいだろうか?しかし、着ているのは黒い学生服である。
「遥樹!まだ、そんなことしているの?遅れるぞ!」
男の子に声をかけたのは、すらりとした長身の少女である。身長は大人の女性に負けていないが、まだ丸みを帯びていない体の線は、幼さを残している。赤みを帯びた髪が印象的な少女である。
「そう?」
男の子はふわりと言葉を出して、声をかけた少女に、その淡い表情を見せた。
少女は少し苛ついた仕草を見せた。爪先で二度、地面を軽く叩いたのである。
目の前に歩いてきた男の子を見下ろす。自分の顎の高さ程しかない。
「今日から遥樹は中学生なんだから、しっかりしなよ」
そう言った少女も同学年である。
小学生にしか見えない少年は、手の甲まで隠れる長さの袖の中から、手を伸ばす。
前髪を横に分けて、少女を見上げた。
そして、横を向いた視線の先には小さな桜の木が花を咲かせていた。
少年の耳には、どこからか喜びに満ちた歌声が聞こえている。
それから十二年。