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かぐや姫奇譚  作者: くらげ
かぐや姫奇譚
8/12

未来

当作品は2003年頃の時代設定で書いています。


後書きに変な質問を入れていますが、物語の進行には関係ありません。


「う……」


 翔が目覚めたのは、真っ白な部屋だった。 

 部屋の中は翔が寝ていたベッドと机が一つに椅子が二つだけ。

 扉らしきものと、その横にパネルがある。

 壁面の一つはそれ自体が大きな窓になっていて、外の様子が確認できた。

 真っ黒な外になぜか青い地球が浮かんでいた。


「なんだ、これ?」


 確か自分はかぐやを追って、光の中に飛び込んだはずだ。


「お客人をそのような殺風景な部屋に招いて申し訳ない。こちらの用件が終わればすぐ帰すよ。もし望みの景色があるなら言ってくれたまえ」


 椅子の一脚に突然白衣を着た男が現れた。男の年齢は二十代~三十代くらいだろうか。

 机の真ん中が割れてお茶とクッキーがせりあがってくる。


「かぐやはどこだ」


 白衣を着た男の胸倉を掴もうとするが、手は白衣の男をすり抜ける。


「はじめまして。私は……この研究所の管理者“学者”とでも名乗っておこうか。本来なら、お帰り願っているのだが、残念ながら、必要なデータが手に入らなくてね。君から彼らの髪や皮膚片が採取できれば話は早かったのだが……少量の唾液だけでは厳しくてね」


 滔々としゃべる“学者”の言葉を聞いて翔が思ったことは。


「殺害現場の証拠か」

「ははは。違う違う。君らの時代だと……そうだな。ネアンデルタール人というのは知っているか?」


 どこかで聞いたことがあるような気がする。

 翔の返事を待たず、学者は語り続ける。


「その血の一部は現生人類に引き継がれたが、現代にたどり着く前に絶滅してしまった人類だ」

「ゲンセイ人類? それが? かぐやと何の関係があるんだ」

「“現代”に残っていない人類の亜種が見つかったのだ。絶滅してしまった種を復活させるのは人類の使命だと思わないかね?」


 これだけではいまいち、この学者が何を言いたいのかわからない。


「ネアンデルタール人は、脳の容量は新人を超えていた。

 獣耳の男が使用していた亜空間域を捜索したが、一人も見つけられなかった。

 まあ、亜空間が発見されて数十年。いたら既に発見されているだろうが。

 彼らは人より優れていたのに現代まで生き残ることができなかったのだろう。絶滅の原因についてはおいおい調べるとして、まずは研究対象が無いことには話しにならない」


 翔は話が薄ら寒い方向に進んでいるのがひしひしと感じた。

 冷え冷えとしたドライアイスのもやが足元から這い上がってくるような感じだ。


「彼らって……北川先輩たちのことか?」


 学者は「キタガワというのか」と喜色をうかべる。


「あの時代から彼らを連れ去るわけではない。ただほんの少し遺伝子があるだけで良いんだ。彼らにも君にも迷惑はかけない。彼らの生息域に心当たりがあれば教えてくれないか?」


 生息域……北川先輩と佐伯先輩が翔と同じ高校に通っているのは確かだ。だが、教えてしまったらろくなことが起きないだろう。助けてもらった義理もある。

 教える気はまったく無いが、回答をはぐらかして、こちらの疑問の答えを聞き出せるかもしれない。 


「あんたは宇宙人じゃないのか?」


 北川先輩は『宇宙人なのに日本語を使えること』を気にしていた。翔も『君らの時代』や『あの時代』と言う言葉が学者から漏れているのが気になっていた。

 大体、宇宙人が白衣など着ているだろうか?


「宇宙人かと問われればそうだともいえる。生まれも育ちも月だから。……ここは君達の世界より少し未来の月だ」


 頭がくらくらする。自分は今どれほど奇想天外な夢を見ているのだろう。

 例え夢でもまだ目覚めるわけにはいかない。かぐやを探し出すまでは。


「かぐやはどこだ。出荷ってどういうことだ」

「『かぐや』……イブのことか。そんな鬼を見るような目でこちらを睨まないでくれ。クローンはこちらの用事さえ済めば、知恵の実を与えられ、人間と変わらぬ生活を送る。君達の世界で暮らすよりもずっと快適な生活だ。それは保障しよう」


「クローン!?」

「そうだ。クローン技術で彼らを絶滅から救う。彼らにとっても良い話だと思うがな。女性が見つかればなお良いのだがな」


 『人間の亜種』について語りたい学者と『かぐや』の情報を聞き出したい翔の会話はなかなかかみ合わない。

 学者は、クローン技術で北川先輩たちを量産するつもりだ。しかもそれを微塵も悪いことだと思っていない。それどころ使命だと言い切っている。


「それは本人達が許可しないんじゃないか。かぐやを返せ」


 学者は答えない。 翔は扉に近づいてパネルをでたらめに押したが、まったく反応が無い。 


「無駄だ」 


 翔は椅子を扉の近くまで運んだ。椅子を振り上げたところで……


「止すんだ! 大体君達の時代に彼女の居場所はあるのかね」


 学者の言葉に翔はこのまま彼女を連れ帰っても、彼女は病院に戻らなければない。

 翔たちが彼女のその後の生活を支えられるわけでもない。

 『君達の世界で暮らすよりずっと快適な生活』というのは本当だろうか。


「良いだろう。自分たちの未来がどんなものか。少し見学すれば気も変わるだろう」


 学者の言葉と同時に扉が開く。扉を出たら、一人の女性が立っていた。年齢は二十代後半と言ったところだろうか。彼女も白衣を着ている。


「はじめまして。先生に習って“助手”と名乗りましょうか。施設をご案内します」


 そこは大きなドームで、眼下で動いているのは――


「恐竜?」


 イメージとは少し離れたカラフルな色の翼竜が間近まで迫って、大きな口を開ける。


「わ!」


 助手はくすくす笑って「バリアを張っていますので、大丈夫ですよ」

 目の前を飛ぶ本物の翼竜には、感情を抑えていても純粋にすごいと思ってしまう。


 下でなにやら作業をしている人間は、全体的に「なんか、太り気味だな」と思ってしまった。


「あなた方の時代に比べればそうですね。足を使わなくとも、移動手段は整備されていますし、重い荷物を運ぶのは機械任せですから。でも、健康管理はしっかりしていますし、替えもあります。私は博士のフィールドワークに同行することが多いので、筋肉ばかり付いてしまいましたけれど」


 そういう助手は、別に筋肉が目立つわけではないが、全体的にすっきりしたイメージだ。現代日本でもモデルとしてやっていけそうだ。


 道の至る所にアーチとパネルがあり、助手がパネルを操作する。うっすら光ったアーチを通れば別のドームへ移動した。


「こちらは17世紀以降、日本で絶滅した生物を集めています。代表的な生物はニホンオオカミとトキでしょうか」

「これ、全部絶滅したのか?」


 あまりの数の多さに驚く。

 そういえば一ヶ月ほど前に、日本最後のトキが死亡したとニュースになっていた。


「正確には、トキは日本産が絶滅しただけで……。いえ、なんでもありません」


 絶滅した動物の本物を見ることができた高揚は次のドームで罪悪感に変わった。


 次のドームもほとんど内容が同じだったが、そこで育てられていたのは『人間』だった。

 彼女達の姿はかぐやを最初に見つけた時と同じ姿をしていた。


「なんてひどい格好をさせているんだ」

「この時点では器物です」


 彼女は何の迷いも無く、きっぱりと言い切った。

 北川先輩たちのクローンを作ったら、こんな形で『飼育』するつもりなのだろうか。


 そして、助手は、このドームの中心を指し示す。


「あれは……」

「知恵の樹よ」


 クリスタルかガラスか、とにかく透明な巨大な樹が生えていて、その枝には人がすっぽり入る透明な林檎の実がっている。 


「彼女達はオリジナルと身体を入れ替えれば、知恵の実を与えられ、人間になってエデンを出て行くの」


 その言葉の端々に高慢さがにじみ出ている。


「あんたらは神にでもなったつもりか」

「どこの国もやっていることよ」


 こんなのが、自分達の未来なのだろうか?


「人間のクローンは顧客の要望に応じて微調整を行い、一年後、希望年代に出荷します。あのイブは、出荷用のタイムマシンを勝手に使って逃げてしまった。規定では、知恵の実を食べていない個体を外に出しててはいけないことになっているのに」


 その時、200メートルほど先を四、五人の少女の集団がロボットに引率されて、移動していた。

 その中の一人のワンピースに見覚えがある。退院の際に母が彼女に買ったものだ。


「かぐや」


 かぐやが翔の方を振り返り、目を見開く。

 彼女のワンピースの裾が翻った。

 翔も、彼女に駆け寄り、彼女の手をしっかり握り締めた。いつもの彼女よりほんの少し手が冷たい。


「捕まえて!」


 近くのパネルをでたらめに押したら、今度は、アーチがうっすら光った。

 別の通路に移動したようだが、次はどうすればいい?


「タイムマシンってどこにあるんだ?」


 翔の問いにかぐやは首を振る。


『隔壁遮断』


 アナウンスと同時に、アーチに透明なバリアが張られ、床から金属の蔦が生えてくる。

 四本の蔦は翔とかぐやにそれぞれ二本ずつ絡みつき、二人を別々の方向に連れ去ろうとする。


「ショウ!」

「かぐや!」


 しっかり握られていた手は解けた。

 もう一度手を伸ばそうとするが……


 ◇


「さて、帰り道も分からない上、外は宇宙だというのにどこに行くつもりだったのやら」


 翔はかぐやと引き離された。やっと熱を取り戻した彼女の手の感触は薄れつつある。


 どこかにタイムマシンが無いか探していた。

 大きなドームが二つも三つもある中から、そう都合良くタイムマシンが見つかるはずがないのに。


「“自分達の”未来に納得できなかったのか? とても残念だ」


「こんなひどい世界なんて絶対嫌だ! こんな、こんな未来なんて絶対認めるか!」

「もうそろそろ時間切れのようだ。これ以上騒ぎが広がるのは良くない」


 それを合図に翔の周りに白い光の渦が発生する。渦は光量を増し、翔にまとわり付く。


 白光に包まれ何も見えなくなる。





 俺達がこんな未来を選ぶのか?



※2003年国内生息の最後のトキ『キン』死亡


※ネアンデルタール人 世界史の教科書5ページ以内に登場。現生人類にネアンデルタール人の血が混じっているかは、現時点では結論が出ていません。


1.本物の恐竜を見てみたいと思ったことはありますか。

2.歴史上の人物を見てみたいと思ったことはありますか。

3.未来の誰かが勝手に自分のクローンを作ることを許せますか。


(そんなこと書いている間に……現実は)

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