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かぐや姫奇譚  作者: くらげ
かぐや姫奇譚
2/12

かぐや

「竹林で発見されたんだね?」


 雲の上の存在である市長が資料に目を通しながらのんびりとした口調で言った。


 翔と翔の母親は居心地悪そうに市長室の大きなソファーに座っている。

 翔と母親の間では少女がきょときょとと室内を見回している。 


 少女がそんな無遠慮なことをしてても、翔たちは咎める余裕がなかった。

 翔自身、緊張に耐えられず、市長の後ろの蘭に目が向いてしまう。


(ああ、あれ開店祝いとかに贈る花だよな)


『ちゃんと納税しているんだから堂々としてたらいいのよ』と言っていた母も少々緊張した面持ちだ。


「娘が生まれたとき『かぐや』って名づけようとしたら、妻に『名前負けしたらどうする』って反論されてね。この子ならぴったりだ」


 女の子の名前をノリで決めるこの市長に税金を預けてて大丈夫だろうか?

 いや、まだ税金を納めている実感も無いし、この市長に直接お金を渡しているわけではないのだが。


「気に食わないなら、まだ手続きまで余裕があるから。 ま、その子が本当の名前を思い出してくれるのが一番だけど」


 市長がにこにこと翔を、次いで“かぐや”の方を見た。どうやら顔に出てしまっていたようである。

 記憶が戻らないか、もうしばらく様子を見てその名前で仮の戸籍を作るそうだ。


 そんな軽すぎるノリで彼女は桜川市の名をとって『桜川 かぐや(仮)』と名づけられた。


☆ 


 病院がよほど嫌いだったのだろう。

 『かぐや』は入院してからみるみる体調を崩し食欲がすっかり衰えてしまった。


(警察待っている間、元気に茶を飲んで菓子食べていたのになぁ)


 医者によると彼女の体調不良はストレスによるもので、環境を変えた方が良いとのことだった。

 環境を変えるのなら、顔見知りがいるほうが安心だろうと、翔の一家が申し出て、一時外泊と言う形で、少女を笹倉家で預かることになった。


「誰があんなところにあんな姿で放置したのか知らないけれど……よっぽど怖い目に遭ったんでしょうね」


 “かぐや”の身の上を特に心配している母の言葉には激しく同意する。


 彼女の記憶は戻っていないし、言葉らしきものもほとんど取り戻せていない状態だ。

 記憶喪失と言ったら、過去の思い出だけ忘れて、言葉や文字は覚えているものだと思っていたが……


 何があったらこんなことになるのだろうか。


 ……一時外泊にしては少々長い五泊六日がはじまった。



 家に連れ帰った昨日は元気が無かったが今日はご飯も残さず食べた。

 まだ箸が使えないので、スプーンでご飯を食べていたが。


 で、先ほど役所に手続きの説明を聞きに行ったのだ。

 警察からか病院からか知らないが連絡が行っていたようで拍子抜けするほどスムーズに話は進んだ。


「絵本とか残っている?」

「絵本入れる場所があったら、その分、漫画放り込んでいるに決まっているだろう」


 あったとしても、『桃太郎』ぐらいだ。


「参考書とか言えないのかしらねぇ。この子は」


 母のため息に耳が痛くなる。

 二、三冊は参考書を持っているが……数ページだけが埋まった参考書である。


 今、翔の家にある絵本は、“かぐや”が入院中に買った『シンデレラ』と今日買ってきたばかりの『かぐや姫』の二冊。


 あとは図書館で女の子が好みそうな絵本をいくつか借りてくることになった。


 夕飯ができるまでの間、かぐやに『かぐや姫』を読んでやる。

 最後のかぐや姫が月に上っていく場面で彼女は「……きゅー」と小さく呟いた。


「ん?」


 かぐやは窓に近づく。       


「ちきゅー」


 そう言って、彼女が指差した先にあったのは……空に浮かぶ細い月だった。


「アレは月だよ。それより言葉を思い出したのか?」


 翔の問いに彼女は首をかしげるだけだった。

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