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かぐや姫奇譚  作者: くらげ
かぐや姫奇譚
10/12

未来への道

 毎晩神社の竹林を見に行ったが、彼女が再び現れることは無かった。

 変わったことといえば、UFOが出たとか、神社の御手洗所が赤く光ったなどの目撃談があったとか、オカルト的な話が近所で広まったくらいだ。


 あの事件から一週間ほど過ぎた日曜日。

 早朝に玄関のチャイムが鳴った。


 不機嫌なまま、インターフォンをとると、


「翔! ただいま!」


 もう絶対会えないと思っていた少女の声が聞こえた。

 急いで、玄関の扉を開けると、かぐやに勢い良く抱きつかれ、こけそうになった。  


「翔、私ずっとここにいて良いって!」


 確かに彼女だが、ほんの少し、雰囲気が変わったというか……


「か、かぐや。ちょっと太ったんじゃない?」


 年下のイメージだったが、わずかに背が高くなって、髪も長くなった様な気がする。


「むう! これでもこのワンピース着るためにがんばったんだから」


 何よりも、しっかりしゃべれている。


「知恵の実を食べたんだよ」


 そう、かぐやの後ろから声をかけた人物に翔は見覚えがあった。


 「お前は!」


 サラリーマンが着るようなどこにでもあるスーツを着込んでいるが、間違いなく、あの『学者』だ。


「雇い主だ。彼女の。この時代では一応、兄妹きょうだいとして過ごすが。

……志麻(しま) (みこと) とでも名乗っておこうか」


『とでも名乗っておこうか』と言っている時点で明らかに偽名だが、とりあえずそこは置いておいて。

 翔はかぐやの腕を取り自分の後ろに隠して言う。


「なんでいるんだよ」

「しばらくこちらに住むことになった。と言っても隣の市だがな」


 その時。


「なに、どうしたの?」


 母が玄関に出てきて、そのまま彫像のように固まった。 



志麻しま 美月みつきです。記憶を失ったところを助けていただき、ありがとうございました」


 翔の母親は目を白黒させる。

 ほとんどしゃべらず、しゃべっても頼りない片言だった少女が、急に凛とした声で感謝を口にしたのだ。


 かぐや……美月みつきみことは、翔たちに連絡するのが遅れたのを詫びた。

 二人の表向きの話によると、美月はあの日、記憶が戻って、家にたどり着けたが、しばらくは記憶が混乱していたそうだ。そして、彼女の記憶を辿って、今日やっと恩人を見つけた、と。


 その説明を聴いている間、翔はずっと学者(命)を睨みつけていた。

 二人の話が終わると、翔は美月たちを自分の部屋に招いた。



「で、何で『美月』なんだ」

「『かぐや』は一般的な名前なのか?」


 逆に学者に問い返された。名前として一般的なのはどっちだと聞かれたら、『かぐや』よりも『美月』のほうだろう。


「……名前はどうでも良い。かぐやが変わっているように見えるのは……」

「ああ、オリジナルの肉体だからだ。ちなみに、一年前の『オリジナル』」


 学者が渡した写真には今よりかほんの少しお肉がついたかぐやがいた。


「なんというか、健康器具の『ビフォーアフター』広告みたいだな」

「まあ、機械に頼りきりの生活になっているからな。機械が管理しているから、健康を害するほど体重が増えることは無いんだが、今ちょっとばかり痩せるのが流行ってね」


「ちょっと待て。つまりダイエットがめんどくさいから、クローンを作ったってのか?」


 学者は至極あっさり頷いた。「ついでに若返りも兼ねている様だが」と付け加える。

 軽い。あまりにも軽すぎる理由に一瞬頭が沸騰する。


「ふざけるな! 流行の服を替えるように、身体をとっかえるのか!? まさかお前の身体も?」

「僕のこれは自前だな。よく地球に下りて、生態観察をしているから」


 学者は自分の胸に手を当て、次いでかぐやに目を向けた。  


「クローンは身体を提供するが、余ったオリジナルの身体と知恵の実を与えられる。職業選択の自由も、居住・移転の自由も認められている。結婚の制限も無い。労働時間も地球時間で一日三時間も働けば十分生活していける」


 『与えれられている』や『認められている』とか言っている時点で、クローンを下に見ているんだろうなと言うのは透けて見える。

 しかも、彼らはそれが『当たり前』すぎて、それが異常だとは微塵も思っていないようだ。


「へぇ。その選択できる職業の中にクローン研究所だか工場だかの職員が含まれているのか? 清掃員とか、あの希少生物たちの飼育員でもいいけれど」


 学者が答えるまで少し間があった。


「……彼らへの求人には『研究所の職員』は含まれていない」

「つまりは制限された『選択肢』を渡して、『自由だ』と言っているわけか」


 厳しい目を学者に向けるが、助け舟は意外なところから出た。


「私の身分は研究員です。扱いは先生の現地助手になります」


 そう宣言したのは美月だったのだ。


「何で、庇うんだ」

「……先生は私達の親だから」


 寂しげに微笑むかぐや。

 かぐやはあの研究所が無ければ、オリジナルの身勝手な女がいなければ存在しなかった。

 かぐやもそれを理解しているのだ。 


「そんな未来なんておかしいだろっ」


 翔はやり場の無い怒りで、拳を握り締めた。

 だが、学者もそこまで言われたら、反論せざる得ない。


「この時代が抱えていた食料危機を救ったのはクローン技術だった。

 一粒の種から万の稲穂を。クローン技術をはじめとする科学技術の発展によって、誰一人飢えない世界が完成した。

 私からすれば東京時代の方がかたよっていびつな時代だと思うがな……」


 そこまで言って、志麻は和菓子を味わうようにゆっくり食べた。

 悔しいが言い返せなかった。

 

「うまい。食事はこの時代にかなわないな」


 その世界の中に生きていたら、世界のいびつさに気づかなかったり見えないふりをしてしまうのかもしれない。


「それ、スーパーで買った葛饅頭」


 翔の言葉に、学者はごほっと咳き込んだ。  


「で、ここではどう生活していくんだよ」

「この時代で、私は希少生物を見つけた。それの研究をするつもりだ」

「って、まさか」


 (えーっと、先輩たちすみません)



 学者は自分の世界の異常さに目を背けられなくなった。

 でも、彼ら(しそん)の目に蓋をしたのは…… 




 1996年 クローン羊ドリー誕生


 2004年 商用クローン猫『リトルニッキー』誕生


 2013年 血液一滴からクローンマウス誕生





 人類(わたしたち)はどの未来を選ぶのだろうか?


 東京時代……未来人が江戸時代以降の時代を指す言葉。将来こう呼ばれる可能性はあるけれど、東京に住んでいない作者にはしっくりこないです。

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