ヒロインの早贄
百舌の早贄というのをご存じだろうか。
モズという鳥が自分の餌を木に突き刺し、あまり食べないまま去ってしまうというものである。
田舎の方では稀によくみられる光景だが、これの意味は諸説ある。
一つはモズが上手く食べられないので一度刺して食べるというもの。
他に、冬に餌が無くなるといけないので秋のうちに保存しておくという説もある。
この刺された餌はもうモズに食べられることは少ないらしい。
モズの早贄。これは確かに我々の感覚では分かりづらいものなのかもしれない。
さて、このサイトは『小説家になろう』である。
このサイトには無数の小説があり、その中に無数のヒロインたちが活躍している。
しかし、全てのヒロインが活躍しているというわけではない。
物語の序盤に(何となく伏線っぽい感じでヒロイン候補を出しておこう)とか
そういう軽い気持ちで生み出されたヒロインもたくさんいるのである。
彼女たちは伏線になることができれば幸いだ。
重要な場面でもう一度顔を出す事が出来る。
しかし、彼女たちの大半は作者にすら忘れ去られている。
なぜなら作者が上手く食べられなかったり、食べるか分からないのに保存しているからだ。
そんな彼女たちの事を、こう呼ぶ。
『ヒロインの早贄』と……。
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とあるファンタジー世界。
一人の少女が宿を営んでいる。
名をミッシェルと言う。
ちなみに姓は無い。設定されていないからだ。
彼女はこの世界の主人公の昔からの友達であった。
主人公が旅立ってからは、特に変わり映えの無いまま親の宿を手伝っている。
そんな彼女の元に、一人の女性が訪ねてきた。
「いらっしゃいませ!」
「あー……あんたがミッシェルかい?」
「はい、そうですが……貴女は一体?」
「あたしか。あたしはレザーってんだ。ちょっと前まで山賊をしていた」
山賊という言葉にミッシェルは少し恐怖を覚えた。
その様子を見たレザーは慌てて訂正する。
「別にあんたを脅そうとか思ったわけじゃないんだ。ただ、ちょっと嫌な真実を知っちまってな」
「はぁ……」
「あんた、早贄って知ってるか?」
「はや……?」
「あたしたちは早贄って呼ばれる存在らしいぜ」
「はぁ……」
「あたしたちは今後、この世界で多分出番がないって意味さ」
ミッシェルには出番という言葉が理解できなかった。
しかし、何か危機が迫ってきている感覚を覚えた。
「あたしはさ、山中でモンスターに襲われた時あいつに助けられたんだ」
ミッシェルは直観的に理解した。
あいつというのは恐らく自分の幼馴染の事だ。
まず、彼が今元気にしているという事に安心した。
「あたしも少しはいろいろあったさ。でもよ、最近王都の方で強力なヒロインが誕生したらしいんだ」
「はぁ……」
「お姫様だってよ!あたしが出番貰って四か月。多分あたしの出番はもうないかもな」
彼女の話は少し難しい。ミッシェルはそう感じた。
ただ、何となく幼馴染はお姫様と仲良くなるだろうという事を。
「でも、あの人が誰と付き合おうと私には……」
「いや、そうじゃないんだよ。あたしが言いたいのは」
レザーは深く声を落とした。
「あんた、何の為に自分が存在しているのか考えた事あるか?」
「いえ……」
「恐らく、『とりあえず張られた伏線』何だよあたしたちは」
ミッシェルはとりあえずレザーを落ち着かせようとコーヒーを注いだ。
レザーは一口飲むと、少し落ち着いた様子になった。
「悪かったな。でもあんたも気を付けろよ?」
「はぁ……」
「こういう形で『早贄』になっちまったヒロインてのはロクな使われ方をしねぇ!エンディングにちょっと出るか、適当に悲劇の引き立て役になるかなんだよ……」
レザーは吐き捨てるように席を立ち、宿を出た。
ミッシェルは何か胸騒ぎを感じながら、レザーの置いて行ったお金を回収した。
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レザーの言う事は当たっていた。
このまま小説が進めば、彼女の村は魔物に襲われ炎上し、ミッシェルは命を落とす。
作者はそういうプロットを考えていたのだ。
しかし、それは叶わなかった。
作者があまりにポイントが伸びず、次回作に手を出したからである。
『ヒロインの早贄』
こう呼ばれるヒロインたちの末路は決していいものではない。
多くの場合、作者が飽きてしまったり結末まで一度も書かれなかったり。
作者の方。もし見ていたら自分の作品を是非とも読み直してほしい。
そして、考え直してほしい。
『早贄』と呼ばれる、登場することのないヒロインが作品内で泣いていないかということを……。
読んでいただきありがとうございました。
宜しければ連載小説や他の短編の方もよろしくお願いします。