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聖人と聖女

「……好きだ」


 僕が彼女に率直な気持ちを伝えた途端、彼女は顔を真っ赤にするもすぐに俯きわなわなと震える。


「ア、アンタね……また嘘の告白を」

「嘘じゃない、今のこの気持ちは、本当なんだ」

「……」


 本当に僕は彼女が好きなんだ。

 人の目を気にして、ご機嫌を取るためだけにしか善行をつめない僕と違って、

 彼女は本当の聖女様。頼まれなくても、褒められなくても、誰かのために行動できる。

 でも、彼女は本当は誰かに褒めて欲しいはずなんだ。


「彼方さん、前に言ってたよね。性格が悪かろうが、僕は他人の役に立ってる偉い人なんだって。大切なのは理念なんかじゃなくて行動なんだって。あれ、自分自身にも言ってたんだよね」

「……! 違う、私は」

「僕は彼方さんがどれだけ素晴らしい人間か知っている。クラスの皆が彼方さんを性格悪いだなんて言おうが、僕は違う、僕は彼方さんを評価する、評価できる。だから、僕と付き合ってください!」


 セクハラと言われようと構うものかと、僕は彼女の肩を掴みゆさぶる。

 面食らっていた彼女であったが、顔を赤らめながらも僕から目を逸らし、


「それじゃ、意味、ないじゃないの……うっ」


 ぽろぽろと涙を流し始める。


「私、昔から、感情表現とか苦手で、皆に、嫌われて、でも、良い事すれば、皆に好かれるんじゃないかって、でも、何も変わらなくて」

「……」

「アンタが羨ましかった! 皆に好かれるアンタが。どうすれば、アンタみたいになれるんだろうって、ずっと前からアンタの事を見てた。でも、そのうち気づいたの。アンタは別に皆に好かれているわけじゃないって。都合のいい人間でしかないんだって。たまに見せるアンタの辛そうな顔をみてたら、私も辛くなってきて。私はアンタに同情していたのよ」


 自分ではいつも人前ではニコニコとしていたつもりだったが、彼方さんには自分でも気づいてない心の闇もばればれだったというわけか。


「アンタが私に最初告白した時、すごく嬉しかった。でも、私こんなんだから、素直に信じられなくって。アンタの事ずっと見てたから、挙動からして嘘なんだろうって。でも、そのかわりにアンタが心の中を私に打ち明けてくれて、すごく嬉しかった。アンタのためになりたかった」


 僕に肩を掴まれたまま泣きながら話していた彼女だったが、僕に抱きつくようにもたれかかる。


「短い間だったけど、恋人みたいなことができて、すごく楽しかった。アンタが私を肯定してくれて、すごく嬉しかった。ずっとこんな関係が続けばいいなって思ってた。私も、アンタの事が好きなの」

「だったら、関係を続けよう。今度はごっこじゃなくて、本当に」

「それじゃ、それじゃ意味がないじゃないの。私はアンタに幸せになって欲しいのに。私と一緒にいると、アンタまで嫌われ者になっちゃう。私とつるんでアンタの性格がどんどん悪くなってるってクラスメイトが話していたのを聞いた時、私は最低な事をしたんだって、私は良い人でもなんでもない、好きな人の評価を下げる女なんだって思って。丁度アンタからあの関係を終わりにしようって言われたから、これでもうアンタに迷惑をかけることはないんだろうって、そう思って安心したのに」

「そんなの構うもんか! 彼方さんの悲しそうな顔を見る方が、余程嫌だ!」

「……っ! うっ、うっ、えぐ、えぐっ」


 思いきり彼女の顔を見据えて抱きしめる。

 僕の胸の中で只管泣きじゃくる彼女。

 泣き止む頃には僕の制服が涙でびしょびしょになっていた。


「落ち着いた?」

「……うん」

「もう一度言うよ、君が好きだ。付き合ってくれ、クラスメイトの評価なんてどうだっていい、皆に嫌われても、彼方さんがいればそれだけでいいんだ」

「……私も、アンタの事が好き。……でも、アンタに皆から嫌われる辛さなんて、味わって欲しくない」

「だったら、彼方さんを皆から好かれるようにするよ」

「そんなの、無理に決まってるじゃないの。こんな無愛想で口も悪い女」

「いやいや、本当の彼方さんを知れば、皆彼方さんの事を好きになるよ。……周りの人達とか」

「……へ?」


 周りの人達、と言われて突然僕の胸からぱっと顔を離して辺りを見る彼女。

 校内で告白劇、しかも彼女はかなり大声で好きだの泣き声だのやっていたのだ、気づけば僕達の周りにはギャラリーが集まっていた。彼女は全く気付いていなかったようだが。



「彼方のやつ、性格悪いとか思ってたけど、結構素直な人間だったんだな」

「顔が涙でぐしょぐしょじゃん、なんかすげえ可愛く見えてきた、ギャップ萌えってやつ?」

「顔は前からいいなって思ってたんだよなあ、キリスト役得じゃん」


 僕達を冷やかすクラスメイトの男子。


「私、昔彼方さんに助けられたことあるんだよね。でも、彼方さんムスっとしてたから、私も何か機嫌悪くなって、ありがとうも言わずに……」

「私も。いつも黒板とか消してるのに、性格悪いとか言っちゃって、私の方がよっぽど悪いよね……」


 反省しだすクラスメイトの女子。


「な……ななな……」


 顔を真っ赤にする、僕の聖女様。




 僕の告白で見せた彼女の素直な部分は結構皆に受けがよかったのか、


「マリア様おはようございまーす」

「誰がマリアよ!」

「いやいや、キリストの彼女なんだからマリアっしょ」


 翌日には告白劇が学校中に知れ渡り、満場一致で彼女のあだ名はマリアに決定。

 彼女は相変わらず無愛想な反応ではあったが、前と比べると少し柔らかくなっている気がする。

 素直な自分を曝け出しただけでこんなに周りの反応が変わるのかと僕自身びっくりしていたが、

 彼女の今までの善行の賜物なのかもしれない。

 なんだかんだいって、皆彼女が黒板を率先して消していたことや、無言で教師の手伝いをしていたことを評価していたのだ。


「蓮華君、このプリント配っておいてくれないかしら」

「あ、先生、俺も手伝いますよ。こいつばっかりにさせるの前々から悪いなって思ってましたし」


 相乗効果で僕の評価もあがったのだろうか、彼女の人助けの癖が皆にうつったのだろうか、クラスメイトの男子がプリントを僕の机から奪い去るとそれを配って行く。



 ……なんか、他の人が手伝いやってて僕が暇だと、すごくもやもやするなあ。

 悲しいかな僕の身体にも人助けの癖がうつってしまったのだろうか、不思議と悪い気はしない。


「僕も少しは」

「私も……っ」


 プリントを配るのを手伝おうとし、見事に彼女とハモってしまい、お互い赤面する。




「ああもう! 全部アンタのせいなんだからね!」

「いいじゃん、人気者で」

「あれは人気者って言わないの! 笑い者よ! 何がマリアよ、馬鹿じゃないの!?」


 お昼休憩、屋上に二人座ってお弁当を開く。

 あの告白劇の後、顔を真っ赤にして本気で逃げ出す彼女をひたすら追いかけて、

 捕まえる頃にはお互いゼーゼーハーハーと変態チックになってしまったものの、

 彼女は観念したように僕の告白を受け入れ、今はこうして晴れて恋人同士のお昼ご飯を満喫している。



「……その、ありがと」

「? 何が?」

「アンタのおかげで、私も勇気が出た、っていうか、アンタに無理矢理素直にさせられたっていうか、まあ、とにかく、全部アンタのおかげよ。好きな人の前だと、素直になれるってやつなのかしら」


 もじもじしながら可愛らしい顔を見せてくる彼女。

 すごく可愛い。キスしたい。


「どういたしまして。……ねえ彼方さん、キスしない?」

「は? 何調子乗ってんの、私はマリアよ、純潔を保つの。アンタもキリストならそんな不健全な事考えるのはやめなさいよね」

「いやいや、キスは健全だって。恋人なんだしさ」

「あ、アンタのエビフライ食べたばっかだから、口が多分油臭いし」

「そんなの気にしないよ」

「私が気にするの! ……っ!」


 無理矢理彼女の唇を奪う。

 初めてのキスは、エビフライの味がした。



 その後も彼女は素直じゃないけど困ってる人を見ると助けずにはいられない本当のいい人っぷりを発揮して、割と皆から好かれるように。そんな彼女を支えるために、僕も段々と打算的でない善行をつめるようになってきている気がする。昔と違って、今は誰かのために何かをやることが全然苦じゃない。

 それもこれも彼女がいるから。聖女様が僕を、本当の聖人に変えてくれたのかもしれない。



 完

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