聖人病と告白
彼女との関係を終えて、1ヶ月が経った。
彼女が僕の評判もすぐに元に戻ると言っていた通り、僕の悪口を言われる事は無くなった。
そして周りも僕ばかりに頼みごとをすることを悪いと思っていたのだろうか、
以前に比べれば、僕に頼みごとをする人間は少なくなった。
毎回のように頼まれれば僕もイライラしてしまうが、
今くらいの頻度なら、特にイライラすることなくそれを受け入れることができる。
『すごくいい人』から、『いい人』くらいになったと言うべきだろうか。
ただ、やはり僕は孤独だった。
元々内向的な性格だし、今まで皆のパシリだったのだ。
周りの人間に好かれていたとしてそれは友情でもなんでもない。
毎日学校に行って、たまに頼まれごとをするだけの毎日。
昔のように鬱になることは確かに無くなったが、僕は彼女と一緒だったあの頃に戻りたかった。
でも、彼方さんに迷惑はかけられない。
僕のために怒ってくれた彼女。
けどそのせいで、益々彼女の評判は悪くなってしまった。
だから彼女との関係を終えた。
僕の評判が元に戻るように、彼女の評判も元に戻る、そのはずだったのに。
「そこ」
「何?」
「そこ、私の席」
「あ、ごっめーん」
この日僕より遅く学校にやってきた彼女。
しかし彼女の席に陣取って、クラスの女子がぺちゃくちゃとお喋りをしていた。
不機嫌そうに彼女が席をどいてくれと言うと、女子達はけらけらと笑いながらそこをどく。
去り際に、わざとにしか見えないように彼女の席を倒しながら。
彼女の評判は、元に戻るどころか悪化していたのだ。
元々周りには好かれていた僕の評価が下がったところで、マイナスになったわけではない。
その後少ない頻度で頼まれごとを受理しているのだから、段々と評価は元に戻る。
だけど元々クラスメイトに疎まれていた彼女。
僕のために怒ったせいで、一気にクラスメイトからの反感は加速。
僕との関係を終えた後も、借金のように彼女の評判は悪くなっていった。
僕の知らないところで、いじめだって受けているかもしれない。
こんなはずじゃなかったのに。
彼女がこれ以上皆に嫌われないように関係を終えたのに、これじゃ意味がない。
けれど僕に何ができる、嘘の告白をして、関係も自分から終わろうと切り出した僕に。
たまに彼女と目が合っても、お互いにすぐに逸らしてしまう。
僕は彼女に救われたのに、僕にはどうにもできないのか。
僕は彼女の事が好きなのに、僕にはどうにもできないのか。
「悪いキリスト、ちょっと用事あるから掃除サボるわ」
「ごめん蓮華君、私もバイトが」
「わり、放課後すぐに呼び出しくらってさ」
「うん、わかったよ」
この日は、放課後の掃除当番が僕以外全員サボりという事態に。
頻度は少なくなってきたから頼まれごとを受理していたが、少しずつ頻度があがってきた気がする。
このままいけば、また元通りになってしまうのだろうか。
彼方さんの評判だけが下がって。
ため息をつきながら、掃除場所である学校の裏庭を一人掃除する。
いつもは周りの人間が適当にやっていたのでそれに合わせていたが、
一人で掃除をするとなると体に根付いてしまった真面目さが発揮されてしまう。
裏庭は結構広いし、この時期はすぐに葉っぱが落ちてくる。
しかもこれを1人で掃除するのだから、相当時間がかかるだろう。
でも今日は何だか一人になりたい気分だったのだ、掃除に没頭して辛い事を忘れようと考えていたが、
「……え?」
「……」
気づけば箒を手にした彼方さんが裏庭を掃いていた。
「え、彼方さん、掃除当番じゃないよね」
「……」
彼女に声をかけるが、彼女は気まずそうに僕から目を逸らしたまま、無言で箒を掃く。
どうやら彼女は掃除を手伝ってくれるらしい。彼女が手伝ってくれるのに僕が立ち止まっては意味がない。
僕も無言で箒を手に、広い裏庭を掃いていく。
ただただ気まずい、永遠とも思えるような時間。
「……」
掃除を終えた後、無言でゴミ袋を持ってゴミ処理場へ去ろうとする彼女。
「待って、1つは僕が持つから」
「……!」
「ま、待ってよ!」
彼女はゴミ袋を2つ、両手に持っていたので1つは僕が持とうと彼女の方へ駆け寄るが、
彼女はゴミ袋を持ったまま僕から逃げようとする。
ここで彼女を逃がしては駄目だ、彼女ときちんと話をするチャンスなんだと彼女を追う。
走るのはあまり得意ではないが、ゴミ袋を2つ持ったままの彼女に引き離される程遅くはない。
段々と距離を縮めて行ったところで、
「……!」
「危ない!」
ゴミ袋を持ったまま走ったおかげでバランスが取れなかったのか、彼女が体勢を崩して前に転びそうになる。
しかも地面はコンクリート。僕と彼女の距離はすぐそこまで近づいていたので、
咄嗟に僕は彼女を後ろから抱きかかえる。
「だ、大丈夫?」
「ちょっと、どこ触って」
「ご、ごめん!」
咄嗟の事だったので、彼女の胸の辺りを触ってしまう。
赤面してパッと手を離すと、彼女はこちらを振り返り赤面しながら睨んでくる。
「本当にごめん、彼方さんがこけそうだったから……あ」
「アンタねえ……あ」
彼女がこけそうになった時にゴミ袋を手から離してしまい、勢いよく飛んでいったゴミ袋は地面に打ち付けられて破け、中身が散乱してしまっていた。
「アンタのせいで余計な仕事増えたじゃないの」
「だって彼方さんが逃げるから……彼方さんと話したいことあったのに」
「私はアンタに話したいことなんてありません」
散乱したゴミを二人で元に戻す。
さっきとは違って、自然と話をしながら。
「はい、終わり。ああもう、ゴミ袋はアンタが持っていきなさいよ、それじゃあね」
「待ってよ彼方さん」
「何よ」
ゴミを元に戻して、今度こそ去ろうとする彼女を引きとめるが、僕は何を言えばいいのだろうか。
僕は彼女に何ができるのだろうか。
「……」
「用が無いなら引きとめないでよね。それじゃ」
彼女にかける言葉が見つからないまま棒立ちしている僕を、彼女は何かを期待するような眼差しで見ていたが、やがて呆れ顔になってまた去ろうとする。
「……好きだ」
何か、何か言わなくてはと思った僕の答えは、率直な気持ちだった。