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聖人病と周囲の評価

 僕は確かに、愛しても無いのに彼方さんに告白した。

 けれど、彼方さんと一緒にいるようになって、彼女の優しさ、強さに触れて、

 どうやら僕は本当に彼女の事を好きになってしまったようだ。


「……何よ、じろじろ見たりして」

「何でもないよ」

「ふうん。アンタも最初の頃に比べたら、大分変わってきたと思うわよ。だから……」

「だから?」

「何でもないわ」

「ふうん」


 けれど、一度告白した相手にもう一度正式に告白する勇気は僕にはない。

 お昼に屋上で一緒にご飯を食べながら作戦会議をしたり、

 それを実践してみたり、そんな日々をしばらく続けていた。

 少しだけ、この関係が続けばいいのにとも思っていた。

 それまでは頼まれると自分の都合を無視してでもそれを了承せざるを得なくなった僕だが、

 彼女のアシストもあり、少しずつだが断ることができるようになった。



 そんなある日。


「最近蓮華君って、態度悪くなってない?」

「だよね、何か感じ悪いよね」


 教室に入ろうとしたが、中からクラスの女子のそんな会話が聞こえてきたため入りそびれる。

 途端に僕の心を何か黒いものが侵食していき、とてつもない吐き気に襲われる。

 どうしようもなくなった僕はトイレの個室に駆け込み、


「……うっ、ううっ、うっ」


 吐き気を堪えながらも、代わりにボロボロと涙を流し始める。

 こうなることは、覚悟していたはずなのに。

 周りからいい人と呼ばれる立場を捨ててでも、自分を変えたかったのに。

 それでもやはり、ああして僕を非難するような声を聞いてしまうと、落ち込まずにはいられなかった。



「……嫌われた」

「そう。アンタが変わってきた証拠ね」


 その日のお昼休憩、いつも通り彼女と屋上の隅でご飯を食べながら、僕は涙を滲ませながら彼女に今朝の一件を伝える。


「うっ、ううっ、彼女達の言うとおりだよ、僕は元々性格の悪い、人間の屑なんだよ」

「……何自虐モード入ってんのよ。アンタね、確かに昔に比べたら頼まれごとを断るようになったかもしれないけどね、それでもクラスの連中に比べたらずっとずっと他人の手伝いしてるじゃないの」

「でも」

「性格が悪かろうがね、アンタは他人の役に立ってる偉い人なの。大切なのは理念なんかじゃないわ、行動よ。クラスメイトの悪口なんて無視しておきなさい。善人がちょっと悪い事をしただけで極悪人のように扱う、ホント馬鹿よね」


 僕のフォローをしてくれる彼女。僕を肯定してくれる彼女。

 思わず泣きつきたくなる思いを堪えて、涙をぬぐう。

 お弁当を食べ終えた僕達は何気なしに二人で歩いて教室へ。


「最近よー、蓮華と彼方よく一緒にいねえ?」

「確かに言われてみればそんな気がするな。付き合ってたりして」

「まさかそんなわけないだろ、あの性悪女と付き合うとかいくらキリストでもありえねーだろ」



「「……」」


 教室に入ろうとすると男子のそんな会話が聞こえてくる。


「わ、私トイレ行ってくるから」

「わ、わかった」


 恋人扱いされて一緒に入りづらくなったのか、彼女が少し赤面しながらトイレへと駆けていく。

 そうだよね、お昼休憩に一緒にお弁当をいつも食べている生活を続けていれば、そんな噂が立つのも当然のことだ。

 彼女は僕の手助けをしてくれているだけにすぎない。

 彼女に迷惑がかからないうちに、この関係も終わりにしなければいけないのだろうか。

 でも僕は、彼女の事が本当に好きなんだ。



「おうキリスト、宿題見せてくれよ」


 僕が教室に入ると、クラスメイトの男子がそう頼み込んでくる。

 教室の時計を見ると、まだ授業の時間までかなり時間がある。


「まだ時間あるし、自分でやりなよ。間に合うでしょ」


 宿題を見せても本人のためにならないという彼方さんの弁に共感した僕は、特に宿題関係は断るようになってきている。それを聞いた男子はムッとした顔になり、


「何だよキリスト、お前最近性格悪くなったよな」

「……そうかな?」


 僕を非難してくる。僕の性格は昔から悪いさ。


「お前最近どうしちまったんだよ、教師の手伝いもしなくなってるらしいじゃねえか、反抗期か? 大人になれよ」

「……そうだね」


 曖昧な笑みを浮かべながら、彼から目を逸らす。



「何が大人になれよ、馬鹿じゃないの?」

「あぁ?」

「彼方さん」


 気づけば僕と男子の間に、彼方さんが割って入る。

 彼女は男子を思い切り睨むと、


「偉そうに言ってるアンタは教師の手伝いしてるわけ? 誰かの手伝いしてるわけ? いつも他人の宿題写してるばっかじゃないの。こいつが性格悪いって言うなら、アンタは世紀の大犯罪者ね。まだまだこいつは、アンタなんかよりもずっとずっと他人の手助けしてるわよ」


 彼を怒鳴りつける。教室中の注目が、一気に僕達に集まり騒然とする。


「んだと、調子に乗んじゃねえぞ、クラスで一番性格の悪いお前がよ」

「ひっ」


 彼女を睨み返す男子。かなり頭に来ているのか、彼女の髪を強引に掴む。

 彼女が一瞬、今まで見せたことのない、か弱い少女のような怯えた顔になる。


「やめろ」


 思わず僕は、普段じゃ言いそうもない低い声を発しながら、彼女の髪を掴む男子の手を強引にほどく。

 しばし教室中が沈黙に包まれる。


「なんだよキリスト怒るなよ……わーったわーった……おい、宿題見せてくれよ」


 男子は諦めたように僕と彼女から離れると、他の生徒に宿題を写させてくれと頼みだす。


「……」


 彼女も不機嫌そうに自分の机に戻る。やがてベルが鳴り、午後の授業が始まった。

 その最中、どこからか僕の机に丸めた紙が飛んでくる。


『さっきはごめんなさい。火に油を注いだ感じになっちゃって』


 彼女の方を見ると、いつもの不機嫌そうな顔ではなく、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。

 彼女は何も悪くない、僕だって少しスッキリしているんだ。




 翌日。


「そう言えばさ、昨日のお昼の蓮華君、怖かったよね」

「うん、すごい怖い顔と声して、『やめろ』って」

「あれが蓮華君の本性なのかな」

「すごい優しい人だと思っていたのに、最近感じも悪くなってきてるし、なんか幻滅だよね」


 教室の前で、女子のそんな会話を聞きながら、僕は立ち尽くしていた。

 意を決して教室に入る。それに気づいた女子達が、何も話して無かったかのように振る舞う。

 既に彼方さんは教室に来ていたようで、うつむいていた。



「……私のせいね。本当にごめん」

「違うよ、彼方さんのせいじゃないよ」


 その日のお昼休憩、僕も彼方さんも辛気臭い顔になる。

 会話は全然無く、無言でもしゃもしゃとお弁当を食べるのみ。


「つーかさ、あれじゃね? 彼方さんがキリストを誑かしてるんじゃね?」

「確かに、彼方さんとつるんでからキリストどんどん性格悪くなってきてるよな」

「あいつ本当に最低な女だな」


 二人で教室まで来たところで、中からそんな会話が聞こえてくる。


「……! 私、トイレ行ってくる」

「あっ」


 途端にトイレに駆けていく彼方さん。

 僕は教室に入り、自分の机に座っていたのだが、


「さっきトイレの個室で誰か泣いてたよ、あの声は彼方さんかなあ」

「えーまじ? 何があったか知らないけど、自業自得じゃない?」


 その後に教室に入ってきた女子の会話を聞いてしまい、とある決断をくだすことにした。





「彼方さん、この関係、終わりにしよう」

「そう」


 翌日、いつも通り二人でお弁当を食べている途中、僕はそう切り出す。


「これ以上、彼方さんに迷惑かけるわけにはいかないし」

「そう」


 僕と恋人扱いされているだけでも彼女に迷惑がかかっているのに、

 僕のせいで彼女の評判が益々悪くなってしまうなんて僕には耐えられなかった。


「僕もだいぶ、彼方さんを真似して、前よりはマシになったと思うし」


 それを聞いた彼女は立ちあがり、


「そうね。私も、アンタと恋人扱いなんて風評被害もいいとこだし、アンタも大分変わったと思ってたし、頃合いね。今はちょっと評判悪くなってきてるけど、大丈夫、すぐに元に戻るわよ。それじゃ、エビフライ、いつもご馳走様」


 駆け足で去って行った。

 彼女にいつもあげていたエビフライが入ったままのお弁当を持ちながら、屋上に取り残される僕。



 これで、いいんだよね? もう彼方さんに迷惑かけることはないんだよね?

 僕も立ち上がって教室に戻る。彼方さんの姿はない。


「なんか今日もトイレの個室で、彼方さんっぽい声の人がすすり泣いてたよ」

「いじめにでもあってるんじゃない? まあウチには関係ないけど」


 教室に入ってきたクラスの女子の会話が聞こえてくる。

 どうして? 僕との関係をやめて、僕のせいで彼女に被害が及ぶこともないのに。

 どうして彼女は今日も泣いているんだ?

 

「……」


 やがて目元を潤ませた彼女が教室に入ってくる。

 一瞬だけ目が合うが、すぐに二人して逸らす。

 その後僕は、彼女の顔を見ることができなかった。ずっと彼女から目を背けていた。

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