聖人病と孤独
先日、頼まれごとを見事に断る事ができた僕ではあったが、
「蓮華君、これ配っておいてくれないかしら」
「あ、はい」
前回はトイレに行きたかったという正当な理由があってこそ。
暇な時に頼まれごとをしてしまうと断ることができない。
そりゃあ暇だからいいけど、どうして皆僕に頼むのか。
他の人にも頼んでくれとイライラを募らせてしまう。
「なめられてるのよ」
「……だよね」
この日、彼方さんと作戦会議? をお昼休みの屋上で行うことになり、
胸の内を話してみたところエビフライを食べながらそう一喝された。
「もぐ、アンタが皆のワンコだから、んぐ、反抗しないから、んぐ、皆パシリ扱いしてんの。教師までアンタをパシリ扱いしてるのは、流石にどうかと思うけどアンタの態度にも問題があ……!!」
「皆のワンコ、か……」
「……! ……!」
彼女に指摘されてため息をつく。
そりゃそうだ、反抗せずに素直に言う事聞く人間なんで、同級生どころか先生だってパシリにして当然だ。
ふと彼女の方を見ると必死で左手で胸の辺りを叩き、右手でこちらに手を伸ばしている。
「なるほど、胸を張れってことか。そうだよね、なめられないようにしないとね」
「……かはっ! 違うわよ! 喉に詰まったからお茶頂戴って意味よ! 確かに反抗しないアンタにも問題があるとは言ったけどそこは反抗するとこじゃないでしょ!」
ゼーハーと息切れをしながらこちらを睨んでくる彼女。
確かにキツイ物言いと顔だが、感情豊かだし皆が言うほど印象は悪くないと思う。
「あ、あはは……はいこれ」
「まったく……」
お茶のペットボトルを持ってきていたので彼女に手渡すと、それをコクコクと飲む彼女。
何だか本当のカップルみたいなやり取りに微笑ましくなってしまう。
「……ふぅ。はい、ありが……!」
「?」
「残り少ないし、ついでに貰っておくわ」
「まあ、いいけど」
飲みかけのペットボトルをこちらに寄越そうとした彼女であったが、
何かに気づいたのか顔を赤くして、そのままグビグビと残りを飲み切る。
「……! ……!」
あ、間接キスかと気づいた時には彼女は一気にお茶を飲んだのがまずかったのかむせていた。
「僕の態度かあ……髪を染めるとか?」
「それは多分一番やっちゃいけない失敗パターンだと思うわ」
「そうかな?」
「当たり前でしょ、何アンタ、茶髪に染めた自分カッコいいと思ってんの? とんだナルシね」
「……そろそろ教室戻ろうか」
クラスメイトが少し可愛いからって調子に乗るなと悪態をつくのもわかる気がする。
何で男子って髪を染めたがるのかしらねと悪態をつく彼女と共に教室へ戻る途中、
向こうから次の授業の教師がやってくる。
これはまた何か頼まれごとをされるだろうなと覚悟していたが、
「おお蓮華……ああ、用があるのか。悪いな、引きとめたりして」
教師は僕に頼みごとをすることなくそのまま通り過ぎて行った。
「……なるほど」
そして何かに納得したのかポンと手を叩く彼女。
「え? え? どういうこと?」
「アンタ、いつも暇そうにしてるでしょ。反抗しないのもそうだけど、基本的にアンタが暇人なのもまずいわよね、気兼ねなく頼みごとができちゃう」
「え、僕いつも暇そうにしてる?」
「してるしてる。友達いないでしょ。食事もいつも一人じゃん」
「……」
呆れ顔の彼女に言われて、普段の僕の学園生活を思い起こしてみる。
宿題写させたり、教科書貸したり、教師の手伝いしたり、掃除を手伝うか代わりにやったり……
頼まれごとをしてる時以外の僕は、机に座ってぼーっとしてるか、その辺を散歩しているかだ。
これでは、まるで頼まれごとを待ってるかのように取られても仕方がないじゃないか!
「は、ははは……何かあれだよね、皆に頼られてるから錯覚しちゃってたけど、僕って基本的に孤独だったんだね……」
「まあ、その、元気出しなさいよ。そんな辛気臭い顔されたらこっちが迷惑だわ」
フォローをしているのか追い打ちをしているのかわからない彼女にちょっとムカッとして、
「彼方さんも、友達いないよね」
「だから?」
反撃したつもりなのだが、彼女は全然気にも留めていなさそうだ。
「うう……つまり友達を作って、充実した学園生活を送ればパシられることもないと」
「まあ、そうだとは思うけど。アンタにできるの? 多分全員からパシリとしか見られてないわよ」
「……彼方さん、友達になってください」
「私の腰巾着になってどうするのよ。この話題終わり」
彼女も友達がいないのでアドバイスのしようがないからなのだろうか、そそくさと僕を置いて教室へ逃げ去ってしまった。
次の授業で色々と考える。
他人に頼まれごとをされてしまう云々の前に、僕はものすごく寂しい人間だ。
例え頼まれごとばかりされていたとしても、その合間に友人と喋ったり遊んだりしていれば、ここまでストレスを溜めてしまうこともないだろう。
かといって、この時期から急に友達作りというのも難しいだろう。
恋人というのはどうだろうか。
恋人なら中途半端な時期からでも、作れる気がする。
問題は、動機が不純すぎることと、僕のような『いい人』は基本的にモテないということだ。
何気なしに教室中を見渡して、クラスの女子を見るが、ときめいたりはしない。
いないのだ、そもそも好きな女の子も。寂しい人間なのだ。
「……」
方肘をつけて、つまらなさそうに授業を受けている彼女と目が合う。
すぐにぷいっと彼女は目を逸らして、黒板の方を見る。
彼女は……見た目は可愛いし、他のクラスメイトに比べたら僕は彼女に良い印象を持っているだろう。
だけどそもそも好きでもないのに告白した前科があるんだ。憧れと好きは違うんだ。
彼女も、きっぱりと僕の事を嫌いだと言っているしね。
授業の内容も頭に入らないまま授業を終え、休み時間になる。
「……! ……!」
休み時間もやはり何をするでもなしに座ってぼーっとしていると、彼女が黒板を消しているのに気づく。
しかし先程の授業の教師はやたら力強くチョークで文字を書くため、
なかなか彼女が黒板消しを使って消そうとしても文字が消えてくれない。
「手伝うよ」
なよなよした僕だが、彼女よりは力がある。
黒板消しを手に取るとごしごしと文字を消していく。
「……私は別に手伝ってなんて言ってないけど?」
「なんか、反射的にね」
「すっかりワンコね、そんなんだからパシリ扱いされるのよ。……ありがとう」
彼女にありがとうと言われ、何だか胸の奥が熱くなる。
それにしても今まで全然気に留めていなかったが、彼女は大抵授業が終わると黒板を消している。
「彼方さんって、黒板消す委員だっけ?」
「そんな委員存在しないわよ。別に、アンタには関係ないでしょ」
黒板消しをあの音がうるさい機械で掃除しながら尋ねると、そっぽを向いてそう返される。
「ついてこないでよ」
「いや、だって男子トイレは女子トイレの側だし」
その後チョークの粉で手が汚れてしまったため、二人揃ってトイレまで歩く。
その途中、ジュースの缶が廊下に投げ捨てられていた。
「……まったく」
彼女はそれを拾うと、ゴミ箱の方へ向かって元来た道を戻りだす。
それを眺めている事しかできない僕。
彼女こそが本当の聖人なのだと僕は感心すると共に、世の中の理不尽さを痛感する。
愛想笑いを浮かべて、頼まれた事を断らずにするだけの、主体性のない僕がいい人だと言われ、
自主的に善い事をする彼女が、少し態度がキツイだけでどうしてまるで悪人のように扱われるのだ。
「何突っ立ってんのよ、手を洗うんじゃなかったの?」
気が付くとゴミ箱の方から戻ってきた彼女が側にいた。
「いや、彼方さんはいい人だなあって」
「な、何言ってんの、『いい人』はあんたでしょ、意味わかんない」
率直に思った事を言っただけなのだが、彼女は僕から目を逸らすと、女子トイレの方に逃げ込んだ。