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聖人病と嫌われ少女

「蓮華君って、いい人だよね」

「だよね、他の男子とか、彼方さんも見習って欲しいよね」


 僕……蓮華安芸人れんげ・あきとがこの日の朝学校に向い、

 教室へ入ろうとすると中からそんな会話が聞こえてきたため、

 入りづらくなって教室前で待機する。


「ようキリスト。わり、英語の宿題写させてくんね?」

「……うん、いいよ」


 教室前で突っ立っていると、クラスメイトの男子に声をかけられる。

 僕は彼と教室へ入り、カバンから今日の宿題を取り出すと彼に渡す。


「サンキューキリスト。いやあ、お前本当にいい奴だな」

「……どうも」


『いい奴』と言われ、僕は愛想笑いを浮かべる。

 しばらくして担任の教師が教室へ入ってきて、ホームルームが始まる。


「蓮華君、このプリント配ってくれるかしら」

「はい」


 ホームルームが終わったあと、そう言って僕の机に、

 担任の教師がプリントの束をどさっと置く。

 1時間目の授業が始まる間に僕がプリントを配っていると、


「だ、誰か物理の教科書貸してー」

「やだよ、お前人の教科書に落書きするじゃん」

「そ、そんなー」


 慌てた様子で、隣のクラスの女子がやってきて教科書を貸してくれる人を探しだす。

 彼女はプリントを配っていた僕を見つけると、パッと明るくなる。


「あ、蓮華君。お願い、物理の教科書貸して!」

「……いいですよ、僕のロッカーの中に入っているので」

「ありがとー! さっすが蓮華君、ケチな男子とは違うね」

「んだとコラ。お前仏の顔も三度までだからな、キリストの教科書に落書きすんじゃねえぞ」

「あはは~わかってるよ、それじゃね!」


 僕が了承すると、彼女は感謝して僕のロッカーから物理の教科書を取っていった。



 お昼休み。彼女から返してもらった、落書きされてしまった教科書を渋い顔で眺めていると、


「うお、財布忘れた……キリスト、200円でいいから貸してくれ」


 クラスの男子がそう僕に頼んでくる。


「どうぞ」


 僕は財布から100円玉を2枚取り出すと彼に手渡す。


「サンキュー、絶対明日利子つけて返すから。お前本当に性格いいよな」


 彼はそう笑って、購買部へと向っていった。

 お弁当を食べ終えてトイレへ行った帰り、


「おお蓮華。悪いが、少し手伝ってくれんか?」

「はい、わかりました」


 次の授業の教師に引き止められ、授業の準備を手伝った。



 終礼が終わり、放課後になるとすぐに隣の女子がこちらに手を合わせて申し訳なさそうな顔になる。


「ごめん蓮華君。私これからすぐデート行かないといけないんだ、教室掃除代わって?」

「はい、いいですよ。デート楽しんでください!」

「本当にありがとー、それじゃね!」


 彼女の代わりに教室掃除をし、ゴミ出しをして、ようやく今日の学業おしまい。



 家に帰った僕は、自室の机に置いてある薬を飲み、ベッドに横たわり、ため息をつく。


「……はあ」


 僕、蓮華安芸人の人となりを端的に表すならば、『いい人』であった。

 人畜無害で性格もよく、皆に優しい聖者様。あだ名もキリスト。


「そんなわけ、ないだろ」


 僕が聖人? いい人? 性格が良い?

 僕はただ、弱いだけなんだ。嫌われるのが怖いだけなんだ。

 頼まれたら断れない、他人に文句を言うことができない、我侭が言えない。

 自主的に良い事をしようだなんて思ったことはないし、

 自分に頼ってばかりの周りの人間にイライラしている。

 恐らく周りの人間より、心の中では他人を悪く思っていることだろう。


「あいついつも僕の宿題写してるじゃないか、自分でやろうってつもりはないのかよ。あの女も人が折角貸してやったのに、落書きしやがって。先生も先生だ、最前列ならともかく、何で離れた席の僕に頼むんだ。僕が反抗しないからって、調子に乗りやがって、くそ、くそ、くそっ」


 自分の部屋でぶつぶつと不満を漏らす。他人に愚痴を言うことなんて、僕にはできなかった。

 そうやって全部自分の中に鬱憤を溜め込んで、

 こうやって家に帰っては処方してもらった抗欝剤を飲む毎日。

 そう、僕は欝病患者だ。

 真面目でいい人ほど、欝になるというのはどうやら真実だったらしい。

 僕はいい人ではないけれど。強いて言うならば、都合のいい人か。


「安芸人ー、悪いけど、夕飯の買出しに行ってくれない? ついでに回覧板まわしてきて」

「わかったよ、母さん」


 部屋の外から聞こえる母の声にうなずくと、

 ベッドから起き上がり、買出しのリストを貰いに行く。

 僕は親にすらこの調子だ。昔から手のかからない子供だったそうだし、

 反抗期なんてないまま、高校2年生になった。

 僕がうつ病だと診断されていることは、親には打ち明けていない。心配させたくないから。

 本当は親に打ち明けるべきだとはわかってはいるのに。



 ただ、そろそろ僕も限界を感じていた。

 このままでは、僕はおかしくなってしまう。

 心が壊れて、自殺してしまうかもしれない。

 だから、僕は今の自分を変えたかった。




 クラスメイトに、気になる女子がいる。


「悪いキリスト、宿題見せてくれ」

「うん、いいよ」


 この日も僕は、クラスメイトの男子に宿題を見せようとする。


「アンタね、写したら意味ないじゃないの」


 宿題を手渡そうとすると、一人の少女が割って入り、宿題を奪う。


「彼方さんには関係ないだろ」

「アンタ昨日も一昨日も宿題写してたじゃない、いい加減にしなさいよね。アンタも宿題ほいほい見せてんじゃないわよ、こいつのためにならないわ」


 奪った宿題を僕に返し、忠告してくる彼女。


「……ちっ、白けちまったよ。わーったよ、やりゃあいいんだろやりゃあ」


 男子は舌打ちをし、不愉快そうな顔になり、

 ぶつぶつと文句を言いながら自分の机へ向い、宿題を解き始める。


「ホント彼方さんって、言い方キツイわよね」

「そうそう、何がいい加減にしなさいよ、蓮華君見習えって感じ?」

「ちょっと可愛いからって、調子に乗ってんじゃないわよ」


 その一部始終を見ていたクラスの女子が悪態をつく。

 彼方加賀美かなた・かがみ。僕のクラスメイトで、僕が気になっている女子だ。

 ツインテールの似合う、可愛らしい容姿をしているのだが、

 常に不機嫌そうな顔をしているのと、先ほどの通り言い方などがキツいため、

 クラスメイトには煙たがられている。評価で言えば、僕と真逆の存在だ。



 だが、僕は彼女のことが気になって仕方がなかった。

 彼女は、間違ったことを言っているわけではないはずだ。

 僕だって、宿題を写させることは間違っているとずっと思っていた。

 ただ、僕は弱いから、断ることができなかったし、文句を言うこともできなかった。

 僕が溜め込んでいた鬱憤を、彼女が代わりに晴らしてくれたのだ。

 彼女は強い人間なのだ。他人の評価を気にしてうじうじしている僕と違って。



 僕は多分、彼女が羨ましくて仕方がないのだと思う。

 彼女のようになりたかった。

 周りの評価なんて気にしない、自分の思ったことをずばずば言える彼女に近づきたかった。



「僕と、付き合ってください」

「……本気?」


 だから僕は、とある放課後、彼女を屋上へ呼び出し告白した。

 この気持ちは、多分好きという気持ちではない。

 彼女のようになりたい、彼女の真似をしたい、そのために彼女のことがもっと知りたかった。

 そんな理由で告白をする僕は、本当に最低な人間だ。



「本気だよ。彼方さん、君が好きなんだ」


 何が本気だ、恋愛感情なんて持っていないのに。

 平然と嘘をついて、何が聖人だ。


「嘘ね。目を背けてるもの」


 そんな僕の嘘を、彼女は無愛想な表情でばっさりと切り捨てた。


「……すごいね、彼方さんは。……うっ、ううっ」


 本当にすごいな彼方さんは。クラスの皆に疑われることのない僕の嘘をあっさり看破してしまうなんて。

 彼女に嘘を見抜かれた僕は、その場に崩れ落ちて泣き出す。

 彼女に嘘の告白をしてしまった罪悪感で、限界が来たのかもしれない。

 ああ、もういっそ屋上から飛び降りてしまいたい。


「ちょっと、何でいきなり泣くのよ。ああもう、ほらティッシュ」


 そんなどうしようもない僕に、彼女はポケットからティッシュを取り出して手渡す。


「……ありがとう。優しいんだね」

「いきなり嘘の告白された上に泣かれて困ってるだけよ。一体どうしたって言うの」

「言えない」


 こんな時まで、僕は他人の評価を気にするっていうのか。


「ふうん。やましい理由で、言ったら嫌われるとか思ってるのかもしれないけど、嘘の告白された時点で君への好感度マイナス振り切ってるから大丈夫よ。罰ゲームか何か? 本当に男子はくだらないことするわね」

「違う、僕が全部悪いんだ。僕は……」


 屋上に置いてあるベンチに座り、彼女に貰ったティッシュで涙をぬぐいながら、結局僕は彼女に全てを打ち明けることにした。

 自分が弱い人間であること、彼方さんが羨ましかったこと。

 彼方さんのようになりたくて、彼方さんと一緒にいることで彼方さんのようになれると思って、

 嘘の告白をしてしまったこと。

 泣きながら、何度も何度も彼女に謝りながら、僕は全てを打ち明ける。

 そんな僕の話を、真剣な表情で聞く彼女。



「……すっきりした?」

「うん」


 20分くらい、涙声で彼女に全てを話し終えた時、彼女の言うとおり僕はすっきりしていた。

 僕が落ち着いたのを確認すると、彼女はベンチから立ち上がって校舎への扉へ向かっていった。

 彼女はきっと僕を見下しているのだろう。クラスメイトに、僕の本性を打ち明けるだろう。

 けれど、それでいいのかもしれない。他人に嫌われるのを恐れた生き方をするくらいなら、

 他人に嫌われた方が、かえって開き直って生きることができるのかもしれない。


「そ。ああそうだ、返事まだしてなかったわよね」

「……へ?」


 返事? 何のことかときょとんとしていると、彼女はこちらを振り返り、



「ま、私みたいになりたいなんて物好きだとは思うけど、真似したいならどうぞご自由に。私もクラスにアンタみたいなのがいて前から不快だったから、アンタが変わりたいなら、その間協力してあげるわ」


 悪戯っぽくそう笑った。



 こうして、聖人もどきの僕と、嫌われ者の彼女の不思議な関係が始まった。

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