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セントラル

作者: 花岡ともや
掲載日:2026/04/12

僕が今暗鬱としているのはバーチャルオフィスの評価で星イチを付けられたからだ。

コメントには「全然当たらなかった。期待はずれでがっかりしました。もっと腕のいい占い師様に頼んだ方がよかったです。時間とお金の無駄でした。」と、僕個人への直接的な評価が、全世界の人に閲覧できる状態で載せられてしまった。

この顧客も不満があったなら僕に直接ダイレクトメールでもすればいいものを、本人は匿名であることを強みに言いたい放題だ。ずいぶん嫌な客に当たってしまったが、確かに僕にも至らないところはあっただろう。


僕が働いているのはインターネット上の占い専門会社だ。お客様とは直接会うことはなく、全てメールや音声通話、画面越し等でやり取りをする。

匿名でのやり取りも可能で、今回のお客様はメールでの相談を希望していた。しかしふたを開けてみると、この方はほとんど一切自分のことを喋らず、何をしたいのか、どうなりたいのかがさっぱりわからない。というよりは本人に質問してもわからない、知らないとの回答ばかりで、プロフィールですらろくに教えてもらえず、この知らぬ存ぜぬ人間をろくに占うことすらできなかった。時々いる冷やかしや、人を小馬鹿にした態度の人間ではなく、とにかくわからない、知らない、答えたくないの繰り返しだった。

そんな様子で困り果てた僕は、一般的な占いとしての星座や干支、血液型や手相、顔面のホクロの位置やタロットなどでの運勢や性格、過去や未来や現在などをアドバイスするだけに納めた。

これ以上相手から聞き出そうとするのは無理と諦めてしまったのが見抜かれて、評価されてしまったのかもしれない。


しかし、そんな反省をしたところで僕にはその事を愚痴にできる相手はいない。

僕の会社にはオフィスというものが無く、個々に仕事環境を整えて自由にやっていい、もとい自分でやらなければいけない仕事なのだ。

喫茶店で仕事をする人もいるし、家もパソコンすら持たずネットカフェ等でこなすノマドワーカーもいれば、実店舗を個人で持って空いた時間に働くダブルワークの人等もいると聞く。

ちなみに僕は一人暮らしのアパートで、一人っきりで仕事をしている。

買い物や食事もネットスーパーや通販で注文して置き配にしているし、休日はランニングマシンや室内運動器具で鍛えて過ごしている為、人との接触はまるで無い。


ある日、テレビでセントラルの特集をしていた。セントラルとは、ネットの大型コミュニティツールで、多種多様なコミュニティが複合的に存在しており、その中で人々は様々なアプリやアイコン、アバター等でコンタクトを取るというものだ。

もちろんその存在は知っていたが、なんとなくインターネットの赤の他人が苦手な僕は、これまで属することのなかった世界だった。しかしテレビではセントラルに出品しているお取り寄せグルメの生産者のことや、セントラル内で使える電子マネー、テレビ通話しながらのエクササイズや、VRを駆使した旅行プランまであり、僕の想像よりも健全に思えた。思えば僕の会社もセントラルにも出店しているし、意外と身近なものに感じられて、僕個人もアカウント登録をしてみる気になった。


IDやパスワードを登録し終えて、僕はプロフィールの編集をすることにした。セントラルでは本名ではなくニックネームやペンネームなどで登録する人も少なくない。なので僕は、少し考えてアカウント名はニックネームの"たど"にすることにした。性別男、とだけ入力して、一言「初心者です。よろしくお願いします。」と添えた。

しかしコミュニティに属さない個人のアカウント、日記や日々の記録、感じたこと等を綴ったりするならまだしも、なんの文や声明も発しないのでは人が僕を見つけることはない。

どうせなら同じ趣味や仕事をしている人と繋がり、接触してみたいと考えて、僕は占いのコミュニティを探すことにした。

しかしなかなか気に入るコミュニティを見つけられずに、苦戦した。大方僕と同業者のあなたの運勢占いますやら、星と星とを巡り会わせる恋占いやら、あなたは何の動物タイプ? のようなものや、はたまた占ってください、相談に乗ってください、未来が気になって夜も眠れません、のような相談タイプのものばかりで、純粋な会話を多人数で楽しむ形式のものは少ないように思えた。

もう諦めて筋トレのコミュニティを覗こうかと考えていたとき、ひとつのコミュニティが目に止まった。それは「占い師でも悩みたい! 」というものだった。

これこそ僕が求めていたものだ、と早速入り「初めまして。たどと申します。占い師をしています。悩みなど相談できたらと思います。」とチャットに入力した。

どうやらそこはボイスチャットが中心のコミュニティのようで、「はじめましてたどさん、よろしければ一緒にボイチャしませんか? 」とメッセージが来た。

ほんの少し躊躇したが、「無理やり話そうとしなくても大丈夫です。話したくなければみんなの話だけでも聞いていきませんか? 」と言ってもらえたので、僕は参加してみることにした。


「はじめまして、よろしくお願いします。占い師のたどです。」


そう言うと皆さんは一拍置いた後、吹き出しあははと笑い始めた。え? 何か変なことを言ったろうかと動揺したが、すぐに


「いや、面白いね。ここのみんなが占い師だからさ、占い師ですって自己紹介されるとおかしくって。毎回新人さんが来ると笑ってしまうんだよ、すまないね。」


と男性の声が言っていた。


「やぁはじめまして、たどさん。私は松島、このコミュニティの管理人だ。」


松島さんは先ほど僕のメッセージに返信してくれた人だった。気さくな話し方で、中年くらいの男性を思わせる声だ。プロフィールアイコンは沢庵の乗った小皿だった。

このコミュニティには全部で七人ほどの占い師が属しており、全員それぞれが悩みを持っているらしい。ほど、というのは飛び入りで参加する方もたまにいるかららしい。


「楽しんでいってくれ。今日はリーダーがいないけどね。」


「リーダー? 松島さんが管理人なのに、他に長の方がいるんですか? 」


「松島さんはこのコミュの創設者で管理人。だけどリーダーって呼ばれてるアザイさんって人がいるの。私はミココって言います。よろしく。」


落ち着いた深い声の女性のようだった。

そしてチャットによろしくお願いいたします。のスタンプが貼られた。アイコンは猫の写真だった。


「猫を飼っているんですか? 」


そうたずねると、


「あ、そのセリフ占い師っぽい。」


とミココさんは少し笑ってから、


「うちで飼ってた猫のミーコです。三ヶ月前に十一才で天国に行きました。それから全然仕事にも日々の生活にも張り合いがなくてね、それが悩み。」


と淡々と話す様は、悩んでなんていなさそうなほどだったが、人の悩み方は人それぞれだということなのだろう。


「お悔やみ申し上げます。」


「痛み入ります。」


向こうで深くお辞儀したような気がする。


「でもね、こればかりは時間か新しい子を迎え入れるかでないと治らないのよ。」


「いやいや、そんなことはない。フットワークを軽くすれば、自ずと心も軽くなる。ミココさんにはこうして悩みを話せる相手もいるんだ、何度だって愛猫を思い出してあげたっていいじゃないか。それに、ミーコはミココさんがずっと悲しんでいて喜ぶと思うかい? 死は楽しい思い出が消える訳じゃない。死ぬこと自体が悲しいだけなんだ。その子との楽しい思い出を作れなくなるからね。」


松島さんは明るく励ましてくれる。話し方からその手腕が伺えるな、と思った。


「松島さん、ありがとう。ミーコ、あっちで元気だといいな。」


少し水っぽい声と、鼻をすする音がした。


「やだ、私ばっかり悩み相談しちゃった。せっかくご新規さんもいるのに、ごめんなさいね。」


「いいんですよ。占い師だって悩みたい、ですもんね。ここのコンセプトは。」


そう言うとふふふ、とミココさんが笑った。


「そうそう。誰にも気にせずいくらでも相談してくれればいいんだ。さて、たどさんあなたのお悩みは何かな?」


「僕は、たいしたことじゃありません。最近誰とも話して無いし、仕事の愚痴や相談をできる場所があればいいな、と思って覗いてみたんです。でも僕の悩みなんて、本当にちっぽけで、なんだかどうでもよくなってきちゃいました。」


「おや、その愚痴とやらを聞こうじゃないか。」


「いえ、いいんです。なんだか皆さんに励まされた気がして、元気も出てきましたから。また時々来てもいいですか? 」


「もちろんだとも。」


「ええ、またいらしてくださいね。」


こうしてセントラルでの初めてのコミュニケーションは終了した。

なんだか恥ずかしくて早めに切り上げてしまったが、また来てみようと思った。




ある一人の男のような、しかし体のラインは女性的に細身の人物がモニターの前にいた。薄暗い個室で、何処かからか水の中に泡が浮かぶ、ごぼり、という音がした。


「音声入力。」


その人物は声を発した。ハスキーだが伸びがあり、中性的な声だった。オールバックにした長めの髪に、これまた中性的な薄い唇と切れ長な目の顔立ち。


「こんにちは、松島さん。」


モニターに映る男の顔。少し赤らけて、薄くなった白髪の人がよさそうな顔立ち。


「やあリーダー。今日は新しい人が占いに来たよ。相手も占い師だとさ。」


「この方ですか、男性ということ以外に情報はまだ特に無し。まあ通りすぎていくうちの一人でしょうかね。」


「いや、彼はまた来たいと言っていたよ。普段から人との接触が少ないらしい。どうかね、あの子に会わせてみるのは。彼女もまだ慣れなくて、ブルーになっているし、誘ってみてはくれないか? 」


「亜里沙をですか? まあ、気分転換になるかもしれません。誘うのはいいですが、なにぶん精神的に不安定でして、落ち着きませんがね。」


「何事も、始めなければ始まらないさ。彼に接触させてみよう。悪くなさそうな男さ。タイミングはそちらに任せるよ。」


「わかりました。これも仕事のうちですから。」


「ものわかりがよくて、感心するよ。頼んだよ。それじゃ、私は失礼するよ。」


モニターが一瞬黒くなると、青い背景に音声入力を終了しますか? の文字が浮かぶ。


「はい。」


その人物が答えると、モニターの画面は消え、青く透けた。


「私はものわかりがよくても、理解できかねることも多いのですよ。松島さん、特にあなたにはね。」


青いモニターの向こうに、数多のコードに繋がれた液体の中で浮かぶ脳ミソがある。ごぼり、と液体の中で泡が浮かぶ。先程の画面に映る赤ら顔が笑った気がした。




朝、目が覚めてカーテンを開ける。うちのアパートにはベランダが無いので、全身で太陽光を浴びることはできないが、必ず日の光は見ることにしている。今日はもう朝なのだ、と体に教えてからでないと夜はしっかり眠れない。延びをして、歯磨きをして、朝食のレトルト食品を食べ、また歯を磨く。

今日の午前中は仕事の予約も無いので休み休み働こう、と思いながら、こういうところが自由業の良いところだとしみじみする。以前からのお得意様や小さなお悩みの相談をモニター越しに受けながら、毎日続けているトレーニングのセットを二回こなす頃にはもう昼前になっていた。

一旦お昼休憩にしよう、そう考えてアプリで置き配の食事を頼んだ。一人で食べるのも寂しいなと思い、セントラルに入る。お気に入り、に一つだけあるそこには今、二人の人間が会話中のようだ。一人は松島さんで、もう一人は白地に黒い文字でAZとアイコンに書かれている。この方がリーダーと呼ばれていたアザイさんだろうか。どのような人物か興味があるし、リーダーなら一度挨拶もしておこうと思い、僕はコミュニティに入った。


「こんにちは。」


「やあ、たどさん来てくれたんだね。ちょうど君の話をしていてね、また会えて嬉しいよ。」


松島さんは前のように明るくそう言ってくれた。


「はじめましてたどさん。アザイといいます。」


落ち着いた中性的な声の方だった。一言目で大人っぽさと冷静さを持ち合わせたような人物だと思った。


「はじめまして、たどといいます。あの、前回に松島さんたちから伺ったリーダーとはあなたですか? 」


「ここの皆さんはそう呼んでくださいます。けれど、好きに呼んでいただいて構いませんよ。」


「リーダーはね、私の仕事仲間でもあるんだ。もちろん占い師さ。星占いと風水に詳しくてね、冷静沈着に見えて意外と歩き回るタイプの仕事をこなす人さ。私はモニター越しに占うきりだけど、リーダーは実際にお客様のお宅に訪問したりして指導したりもするんだよ。」


なるほど、風水なら画面越しより実際見てみた方が指導もしやすいだろう。いくらネット社会といえども物理的接触をするタイプの占い師は珍しくは無い。目の前で占って欲しがるお客様もたくさんいる。目を見て、人を見て、その人物に触れると説得力があり、心から占い結果を信用してくれやすくなる。


「とてもできる方のようですね。僕もリーダーと呼ばせてください。」


「いえ、私はまだまだ若輩者ですから。松島さんにはかないません。」


「お、リーダーずいぶん誉めてくれるね。今日の運気も上々だな。」


「お二人ともお仕事が一段落したのですか? 僕はちょっと早めのお昼を誰かと過ごしたいと思いまして。」


「私らは仕事の最中と言えば最中さ。今、ある人を待っていてね。同業者なんだけど、まだ新人の子で。たどさんも相談に乗ってやってくれないかな? 」


そこでリーダーがチャットに、あなたも話しませんか。とメッセージを入れた。

少し間を置いて、クレオメの花のアイコンが入室する。


「ほら、挨拶をどうぞ。」


リーダーに促されると、


「初めまして。リコリスといいます。あの、お願いします。一応占い師です。」


と可愛らしい少し緊張したような声がした。

一拍おいて、僕と松島さんは少し笑ってしまう。


「え? え? えっと、何かおかしなこと言ったでしょうか? 」


僕はいえいえ、すみません。と言い、


「初めましてリコリスさん。たどといいます。僕も占い師ですから、なんだか本当に笑ってしまいますね、初めての方がいらっしゃると。」


と言うと、松島さんは


「な、笑ってしまうだろ。」


とまたかかかと笑った。


「あまり彼女を困らせないでください。新人なのですから。」


リーダーが言い、その場をおさめた。


「リコリスさんは、松島さんの後輩であり、私の後輩のようなものでもあるのですよ。仲良くしてあげてください。」


「もちろんです。よろしくリコリスさん。」


「あ、はい。こんな私でも誰かの力になれたらなって思います。花占いが得意です。よろしくお願いします。」


かわいらしい、まだ拙さがある子だなと思った。声からもずいぶん若そうだと思われる。


「そうだ、たどさん。この子の初めてのお客代わりになっていただけないかな? もちろんこちらから指導料として一杯奢るから。リーダーが。」


「なぜ私が奢るのですか。適当なことを言わないでください。ここは管理人として松島さんが出すべきです。」


「ははは、いえいえちょっとした占いなら僕も受けたいですし、本来なら僕が払うべきですから。気にしないでください。リコリスさん、お願いします。」


「えっ。ええ、あの、何で急に占うことになってるんですか? あの、今日はお話するだけだって……。」


「あなたも急にお客様にお金を伴う仕事をする責任を負うのより、ここは慣れだと思ってやってみてはいかがですか。何も難しいことはありません。占いとは会話の一部ですから。」


リーダーがリコリスさんに説くように言う。リコリスさんは少し考えたような間を挟んでから、


「わかりました。たどさん、あなたの誕生日を教えていただけますか? 個人情報なので、嫌なら好きな花でも構いません。」


といかにも占い師らしく言う。


「はい。四月十一日生まれです。好きな花はルピナスです。」


「なるほど、誕生花は八重桜、またはヒヤシンス。お好きな花はルピナスですね。」


メモを取る時間のような間があった後


「ところでたどさんはお好きな色とかはありますか? 」


と尋ねてきた。


「色、ですか。そうですね、あまり色みが強いものは好きでは無いです。薄い色というか、白や透明に近い色が好きですかね。」


僕の部屋は一言で言うと白い。僕の部屋で今一番カラフルなのは、目の前のお昼ご飯のブロッコリーと鳥むね肉くらいだろう。


「そうですか、わかりました。あなたはスポーツかゲーム的な遊びなどがお好きか似合いますね。そして想像力、いつも幸せ、貪欲、あなたは私の安らぎがルピナスの花言葉です。たどさんは想像力豊かで、いつも幸せ、けれど貪欲なところもあります。あなたは私の安らぎ、は好きな方へのイメージです。心静かな愛、控えめな愛らしさが白いヒヤシンスの花言葉ですから、たどさんが誰かを好きになった時、悲しみを伴う恋愛をするでしょう。」


「…」


驚いた。正直、新人の子に少し占ってもらうだけ、と思ってたかをくくっていた。

彼女の占いは的確で的を射ている。スポーツ好きな僕は、自分の体を鍛えることが趣味だし、占いもゲーム的な感覚で、所詮は他人の未来などわかるはずもないところを当たればよっしゃあ、という感覚で仕事にしている。

完璧に見抜かれているとまでは言えないが、この子はとてつもなく力を持った子だ。恋愛面でも確かに心当たりがある。

そんなことを考えていると、


「あの、すみません。当たりませんでしたか? 」


おどおどとした声がクレオメの花から聞こえてくる。


「あ、いっいえその、クレオメってどういう花言葉なんですか? 」


「あ、はい。秘密のひととき、風に舞う胡蝶、想像したほど悪くない。……です。気になりますか? 」


「そうなんですか。……いやそのあの、はい。あなたのことが気になりました。」


「えっ」


「えっ」


一つ目のえっ、はリコリスさん。二つ目は松島さんだ。

僕も自分で何を言ったか少しわからず、


「えっ」


と言った。


「大胆な告白ですね。たどさん。」


そんなリーダーの言葉で、僕は自分が何を言ったか理解した。


「いえっ違くて、その、僕の花占いが当たっていたものでビックリしてぼんやりしてしまって。その、はい……当たっています。」


認めてしまった。久しぶりの女の子との会話だったから、ということもあるだろう。胸がどきどきしていた。

初めて聞こえた声が可愛らしくて、僕はストンと恋に落ちていた。


「良かった。当たっていたんですね。」


ふ、と笑うような気配がした。リコリスさんはわかっていないようだった。


「リコリスさんの占いも当たりました。が、私の告白ですね、という言葉に対する当たりました。もあるのですよね? たどさん。」


「えっ告白って……えええっ?」


画面の向こうで慌てる声がする。


「おいおい、カップル成立か? おじさん邪魔みたいだね、失礼するよ。じゃ、ごゆっくり。」


「えっ松島さんっ? 待って。」


リコリスさんが言い終わらないうちに松島が退出しましたの文字が浮かぶ。


「では私も。」


AZが退出しました。

そして僕らが取り残された。


「……あの、あの、冗談ですよね?私、そんな、そんなにすごい子じゃないんです。できるのは花占いだけで、料理だって掃除だって出来ないし、字は汚いし、ぐすっかわいくも無い、本当は生きてる価値なんて……。」


だんだんと声は焦りが消え弱々しくなり、鼻声になってしまった。画面の向こう側で女の子が泣いている。泣かせてしまったのは他ならぬ僕だろう。


「その、すみません。急で、嫌でしたよね? 僕、泣かせるつもりではなくて、あなたが知りたいだけなんです。」


向こう側でリコリスさんが息を飲む。


「あなたに会ってみたい。本当に、急なんですが、駄目、ですよね。」


リコリスさんは何かを考えているようだった。長い沈黙が続いた。

もしも彼女が僕が嫌なら、すぐにでも退出すればいいのだ。けれど、彼女はそうしない。

だから、僕は待った。

たっぷり二十三分待つと、本当に小さな声で、彼女はぽつりと呟くように言った。


「会えないんです。ごめんなさい。」


そしてモニターにリコリスが退出しました、の文字。僕は取り残された。




「いやいや、成功じゃないか。めでたいねえ、あの亜里沙が前に進めそうだ。」


「何を言っているのです? 全くの逆ですよ。彼に接触させたのは失敗です。事実、彼女あれからセントラルどころかなんの通信もありません。このまま引きこもってしまったら、いずれ脳死にでもなりかねませんよ? どう責任をとるおつもりですか? 」


「怖いことを言うね。まあまだまだ多感な時期だ、少しばかり仕方ないさ。心を落ち着ける時間っていうのも人生には必要さ。」


「脳ミソだけの状態は人と呼べるのか。この課題は倫理的にも大きく問われているのですよ。誰もがあなたのように楽観的では無いことをいい加減自覚していただきたい。」


「手厳しいね。大丈夫、私もなんの根拠も無しに大丈夫だなんて言わない。ちゃんとした理屈があるのだよ。」


「どのような理屈が? 」


「占いだよ。彼女と彼はね、運命なんだ。出会うこと、引かれ合うこと、繋がること、がね。」


「占いなんて信じているのですか? 馬鹿馬鹿しい。」


「おいおい、占い師がそれを言うかい? 商売上がったりだよ、それじゃ。」


「占いとは人の心の隙間に入り込んで、不安を掻き立てつつお金を巻き上げるための手段です。人はいずれ死にます。心の安らぎなど、一時の凌ぎに過ぎません。」


「そうか、まあ君は死に賛成派だったからね。私とは違ってね。」


「生けとし生けるもの、全てがいずれは滅びるのです。自然の摂理です。ならば、生きてるうちだけでも財や地位を欲しても、それも人間的でしょう? そして安らかに眠るように死ぬんです。」


「あのね、死んだら何にもならないよ? 生きてるからこそ喜び、笑い、そして泣き、苦しむんだ。死んでしまったら何も、本当に何もがなくなってしまうんだ。悲しいよ。私は生き続けたい。たとえどんな形であろうとね。」


「…確かに、彼女もそう望みました。だからこのシステムを受け入れた。けれど、人には心があるんです。心変わり、という言葉もあります。彼女は今ひとりぼっちで辛いのですよ。」


「…そうだね、女心と秋の空。か。」


「違います。」




二度目のアクセスから早二週間。僕は毎日のようにセントラルのお気に入りを覗いては、ため息ばかり漏らしていた。馬鹿なことをした。本当にそう思う。

正直悩んでいた。


「行ってみよう。」


お気に入りのそこには誰もいない。

サインイン。


「こんにちは。」


誰も居ないところで悩みを独白する。


「僕の悩み、それは恋煩いです。一目惚れ、です。会ったことも見たこともありませんが。それでも、好きになってしまいました。彼女のことを考えると、ただ苦しいんです。でも、この思いをどうしたらよいでしょうか? 」


誰も、答える人物はない。

僕は真っ白な部屋に、ただの一人きりだった。

ふう、と息を吐き出す。




「私の悩みを告白します。」


「私は生まれてすぐに捨てられました。」


「私はひとりぼっちです。」


「私はそれでも生きていました。」


「悲しかったり、楽しかったりしました。」


「けれど私は、小児がんになりました。」


「物心ついた頃から、どこかしらの施設にいるのが当たり前でした。」


「病院は辛く、苦しい思い出だけでした。」


「いいえ、唯一花が私を助けてくれました。励ましてくれました。私を一人ではないよ、と言ってくれるようでした。」


「だからお花の本をたくさん読みました。」


「そこで花言葉、というものをしりました。」


「花の一つ一つに名前があるように、花の一つ一つには言葉もあるのです。」


「とても素敵で、面白くて、切なくて、私はこの事を誰かに伝えたかったのです。」


「でも、私の髪は抜けていきました。」


「苦しくて、辛くて、寂しくて。いなくなってしまいたかった。」


「いいえ、死にたくありませんでした。」


「どんな形でもいいと、お医者さんに助けを求めました。生きていたい、と。」


「お医者さんは、浅井という方を紹介してくれました。」


「私は別の施設に移りました。」


「初めて見た人の脳ミソは、意外に能天気と言うのか、楽観的な方のものでした。」


「こうなれて幸せだ、とその脳ミソさんは言っていました。」


「私も、なりたい、と、思いました。」





「そんなこと、言えるわけないです。」


「言わなければいいのです。そもそもこのシステムは裏のもの。成功率だって高くはありません。が、失敗も成功も責任は取れません。いずれ人は死にます。生き長らえたい人物が選択するのです。ただそれだけのことです。」


「本当にアザイさんは人間いつか死ぬ主義者ですね。」


「はい。ですからあなたの気持ちは理解しようと努めることはできますが、理解はしかねます。」


「わざわざ難しい言い回しをしないでください。わかっています。私は私が存在したんだよ、ってことをただ誰かに知ってほしいだけで、ついでに誰かの手伝いになれたら嬉しいだけなんですから。」


「等システムの普及活動、くれぐれも極秘でお願いします。」


「違います。今の私と同じになって欲しくないから、傷付いた人の心のお手伝いをしたいんです。今の私にはお金だって要りません。」


「それではお金になりません。生きていくのに、一番場所を取らないのはお金に他なりませんからね。」


「アザイさんって、本当にアザイさんですよね。リーダーの時はもう少し親しみやすいのに。」


「そうですか。でも、今の私はあなたが帰って来てくれたことに、心からほっとしているんですよ。」


モニターに映る栗毛の女の子。儚げな表情と、少し太めの下がり眉。でも口元はうっすらと笑って見える。


「お帰りなさい、亜里沙。」


「ただいま、浅井さん。」




独白から五日後、夜にリーダーから個人メッセージが来た。


『個人的にボイスチャットをしませんか?

話したいことがあります。 』


僕も、どうしてもリコリスさんが知ってみたくて、誰かに聞いてみたかったので、この話を受けることにした。


「もしもし、こんばんは。」


「こんばんは。この前はすみません。なんだか、急に早とちりしたみたいで、リコリスさんを泣かせてしまいました。本当に、悪いことをしてしまいました。」


「リコリスの花言葉を知っていますか? 」


「え? 」


「情熱、陽気、元気な心です。彼女は自らがそうなりたくて、自分にそう名付けたのですよ。」


「はぁ。」


「大丈夫です。彼女、嬉しかったんだそうですよ。本人が言っていました。」


「そうですか、よかった。」


「彼女は特殊な生い立ちもあり、特殊な状態でもあります。それでも会いたいですか? 」


「はい。僕、どうしても彼女と一緒になりたいんです。」


「おや、一緒になりたいのですか。では、一度私と会ってみませんか。」

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