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逃亡ハンター

「動くな、勝手に動いたら、殺す」

「…はい」

 生まれて初めて感じた生命の危機。やっとのことで絞り出せたのは、聞こえるか聞こえないかの掠れ声だった。自分の眉間を真っ直ぐ向いている銃口から目を離せず、私は固まっていた。血を吸っているのを見られた、正体がバレた、これからどうしようという焦りも、どこかへ消えてしまっている。


「まず、その汚い口を離せ」

 抵抗の意思はないのを表して、ゆっくり唇を離す。傷口から離れる寸前、十数年培ってきた癖で、無意識のうちにしっかり傷口を舌でなめとっていた。こうすることで、止血と同時に傷を目立たなくすることができるのだ。おじさんの肩には、針で刺されたような小さな傷しか残っていない。


「そいつの左に立て」

 私はぎこちなく移動し、直立不動になった。銃は私を追い、一時もぶれることはなかった。

「いいか、逆らったら、すぐに打ち抜くからな」

「……」

「返事は」

「…分かりました」

「これを飲め」

 そういって伸びてきた手のひらには、濃い緑色をしたカプセルが乗っていた。まずそう。体に悪そう。でも飲まなかったら一瞬で死ぬ。いや、これ飲んでも死んじゃうかも、でも飲まなかったら確実に死ぬ。

 恐る恐る手を伸ばし、カプセルを取る。

 どこからどう見ても毒だ。のどがごくりと鳴る。

「早く飲め」

 目の前の銃、手の中の毒。どっちに転んでも、うぅ……お母さん、お父さん、私は先に死ぬかもしれません、親不孝な娘をどうか許して!

「……はい」

 目をつぶって、味を感じるまもなく一息に飲み込む。

「飲んだか?口をあけて見ろ」

 覚悟を決めてちゃんと飲んだのに、疑うなんて失敬な。できる限り大きく口を開ける。

「…よし」

 確認し終わると、彼は意地悪い笑みを浮かべた。


「今のは毒だ」

「…やっぱり」見るからに、だったし。

「だが、すぐには死ぬことはない」

 銃をおろしながら、彼は面白そうに話し始めた。

「それは従順の薬と言ってな、主人の命令には逆らえないようになるんだ」

「従順…」

「カプセルの中には、即効性の毒が入っている。人間よりも丈夫なバンパイアだって一瞬で殺せるぐらいの猛毒だ。もう既にお前の全細胞の中にもぐりこんでいるだろう」

 細胞の中に悪者顔のバイキンが入り込むイメージがぱっと浮かぶ。なんだか考えるだけでむずがゆくなった。

「…じゃあ、もう私は死ぬの?」

「だが、その毒は主人が命令したときのみ効力を発揮する」

「へ?」

「こんな低脳ばかりの世界と違って、俺の世界は進んでいるからな、そんなことも可能なんだよ」

「…便利ー」

「今お前の飲んだものには、俺の印がつけてある。だから俺が一言呪文で毒を解放すれば、瞬きしてる間にお前は事切れるだろう。もうこんなもので脅す必要もなくなったわけだ」

 そういって銃をふらふらと弄ぶ。

「死にたくなかったら、俺の命令に従え」

 口の端をあげて笑い、見下した目で私を見やる。そんな生意気な態度に……私はキレた。


「…イヤだ」

「あ?」 

「結局殺されるんなら、あんたにいい思いさせたくない」

「…ならば、今すぐ死んでもらうぞ」

「ああ、殺せば?さっさと殺しなさいよ。…でも、あんた私にさせたいことあったんじゃない?」

「……」

「だから私は今も生きてるんでしょ」

 私の言葉に押し黙る。ふぅ、よかったあ……呪文とやらを言わないところを見ると、やっぱり図星なのかな。

「私にいうこと聞かせたいんだったら、この毒の解毒薬をよこしなさい、じゃないとやらないから」

 精一杯、やれるものならやってみろ、と胸を張り、相手をにらむ。胸の中はドッキドキだ。

 睨み合い、時間が止まる。息の詰まる様な間。でも負けるわけにはいかない。命が掛かってるんだから!


 沈黙を破ったのはため息だった。

「…はあ、仕方ない」

「ならば、今日一日、命令を聞いたら解毒薬をやろう」

「いや!今すぐ!」

「ダメだ。それならばここで殺す。お前を使えなくなったとしてもな」

「だって最後に渡してもらえないかもしれないじゃん!」

「この譲歩を認めないのなら、ここで殺す」

 再び睨み合い。でも、さっきとは違って私は負ける気がした。はあ……結局は、こうなるのか。


「あーもう!分かった、分かりましたよ。殺されるかもしれないけど、聞きますよ、言うこと」

「…俺は誇り高き魔族だ。約束は守る」

 しぶしぶながら、だがきっぱりとした言葉。

「…分かりました」

 とりあえず、生存確率30%、くらいかな?


「そういえば、なんで時間が戻ってないんだろ?」

 少し余裕が出てきて、ようやく気づく。止血をすれば時間は元に戻るはずなのだ。だからいつもご馳走になった後は必死で離れなければならなかった。

「…俺が止めてるからな」

 そういえば、魔族、だっけ?

「魔法…とか、使ってるの?」

「魔族は魔法が使える」

「はあ、そうなんですか…」

 どことなく自慢げに話す彼の言葉も、すんなりと受け入れる。私自身バンパイアなんて本来あり得ない存在なんだから、順応が早いのは当たり前だろう。すると、彼は意地悪い笑みを浮かべた。

「ちなみに…職業は“バンパイアハンター”だ」


 ――…小さい頃、人は外見で判断するなと教わった。が、結局は人は見た目が9割。初めてついたイメージは中々払拭できない。


「……えーっと、バンパイアハンターって、バンパイアを殺す…やつじゃなかったっけ?」

 おずおずと尋ねると、彼は口の端をさらに歪めた。

「ああ、貴様のような奴を殺す仕事だ」


 ――…そして、人間には偏見というものも存在する。それまでの生活の中で、構成されてきた経験値。この背格好なら、こういう中身のはず、とか。


「はあ、じゃあ…あの、私のこと、やっぱり殺す気?」

「約束してしまったからな…まあ、機会はいつかに取っておくかな」

 

 残念そうにつぶやき、言って銃をクルクルと回す彼の身長はおよそ120cmほど。膝までのジーンズに、紺色のシャツ、黒いスニーカー。上に灰色のパーカーを羽織っている。異常に地味な格好をしているのを除けば、普通の小学生2年生に見える。

 こんな子供に毒薬を飲まされたり、銃を向けられるなんて、中々受け入れられない。人間の子供がそんなことを出来るなんて、散々それまで脅されていたとしても、実感が沸かない。

 が、その子は人間ではなかった(・・・・・・・・)


「じゃ、行くぞ」

 そう言って歩き出した彼には…

 尻尾。

 ジーンズのお尻の縫い目の部分から、黒い尻尾が生えていた。30cmほどの、ふわふわの毛糸のような長くて黒い尻尾が揺れている。

「…かわいい」

「あ?」

 思わず漏れてしまった声に、振り返った彼の鋭い視線が突き刺さる。私の胸ほども身長ないくせに、なんちゅう目付きしとるんじゃ。

「や、なんでもないです…」

 あわあわと弁明する私を鼻で笑い、また歩き出す。あー触りたい、でもそんなことしたらすぐ殺されそう。付いていきながら、集中を逸らそうと、ほかに目を遣る。


 ハンター君から目を離したとたん、出勤途中のおじさんが目に入ってきた。冴えない眼鏡やらよれたスーツやららも気にならない。私が首筋に自然と吸い寄せらせる…と、グイッと背中を抓られた。

「いたぁっ」

 容赦ない抓りに目を潤ませ、ハンター君を軽く睨む。

「さっさと案内しろ、ノロマ」

「年上に向かってノロマってねェ…う」

 もう見慣れた銃口が私に向く。打れないと分かっていても、条件反射で身がすくむ。

「やっぱりまだ使えるな、これ」

 面白そうに銃をしまいながら、あごを使って命令を出す。 


「黙って歩け、ウスノロ」

 16歳の吸血鬼である私は、すきっ腹を抱えながら、物騒なものを持った見た目小学生に脅されトボトボ歩いていくのでした。はあ、私は無事に今日と言う日を生き残れるのでしょうか。

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