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その日はハロウィン

 私がバンパイアになった経緯(いきさつ)を説明するには、10年程前まで遡らなくてはいけない。





 小学2年生のときの私の担任は、大学を出立ての、新人の先生だった。その新米先生は、いっつもニコニコしていたし、変に威張ったりもしなかったので、生徒からの人気が高かった。笑顔が素敵で、純粋で、でも、捻くれた私は、そんな先生が大嫌いだった。…片思いしていたヒロ君が、先生のことを好きだったから。


 学活では、主に話し合いをしたり、地域学習や、季節の行事についての勉強をする。真面目な先生は、毎回テーマを必ず用意していた。そして、10月30日、今日は、勿論、

「今日は、ハロウィンについて勉強しましょう。」

 "ハロウィン"と黒板に大きく書き込んで、先生はこちらを振り返った。

 先生の言葉に、教室はしんと静まったが、それも一瞬だけで、すぐに雑談でうるさくなった。先生は、自分のほうに注意を向けようとがんばったのだが、全然声が届かない。柔和な先生の顔がキッと険しくなり、一度深く息を吸い込んで、口を開きかけた。

 が、すぐに閉じてしまう。

「はぁ……」

 

 この先生、気が弱すぎるのか、新学期から一度も私達を叱ったことがなかったのだ。いつもギリギリのところで言葉を飲み込んでしまう。そんな先生の態度にも、常にイライラしていた私は、むっつりと黙り込んだ。


 先生は空しく教卓に立ち、微笑んだ。

「ハロウィンは、明日、10月31日です。」

 …あれ?今、31日って言った?

 先生は、自分の"間違い"に全く気付かず、真面目な顔で話を続けている。


「ハロウィンは、元は外国から伝わったもので……」

「はあーい!」

 そこで私は勢いよく手を上げた。先生は、話の途中で遮られる事は予想外だったらしく、少しびっくりしていたが、すぐに笑顔を取り戻した。

「……なにかな、ルナちゃん?」

 これで先生の揚げ足がとれる、イライラも解消できると、内心意地悪にほくそ笑んだ。私は椅子から立ち上がって、自信たっぷりに言った。

「先生っ、ハロウィンは31日じゃなくて、30日です!」


 そう言った途端、教室はしーんと静まり返った。すぐに笑いで包まれると思っていた私は、すっかり面食らってしまった。

「だ、だって……今、先生、31日って、言ったでしょ?」

 おずおずと先生に確認しても、先生は私の言っていることが理解できないらしく、すごく困った顔をしている。

「ハロウィンは、30日、今日だよね?」

 私の言葉を聞き、先生は、分かったというようにはっと息を呑むと、困ったように視線を泳がせた。しばらく唇を噛んで黙ったままだったが、やがて迷いながらも口を開いた。

「ルナちゃん、ハロウィンはね……31日なの……」

「……へ?」

「ルナちゃん、教えてくれてありがとね、でも、31日であってるんだ」


「なに自信満々に言ってんだよ!」

 私が力なく座り込むと、隣の席の男子に大声でバカにされた。途端に、教室がみんなの笑い声で沸く。

「間違えてやんの~!」

「しーったか!しーったか!」

 お調子者の男子が騒ぐ。ヒロ君も笑っているのが見えて、私は唇を噛んだ。先生が懸命に、ざわめく教室を静めようと頑張っている。

 ヒロ君に笑われた。私は恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を真っ赤にさせて俯いた。



 その日の夜。私はまだ恥ずかしさと怒りを堪え切れずにいた。勘違いをしていたくせに、あんな堂々と間違いを指摘するかのように…たまらなく、恥ずかしい。

 私は自分への怒りを紛らわせるために、お気に入りの映画を見ていた。吸血鬼(バンパイア)の映画だ。バンパイアは、黒いマントを翻し、女の人を次々と襲っていく。血を吸われた人は、バンパイアの手下になり、どんどんパニックが広まっていって……


 私は小学生の癖にオカルト好きだった。今思えば、妙にませている所も含めて、相当変人だったと思う。私は、パートで母さんがいないことをいいことに、子供には多少刺激の強い映像の流れる画面を食い入るように見つめていた。


「くそっ、私がバンパイアだったら、クラス全員の血、残らず飲みつくしてやるのにっ!!」

 映画も見終わり、自分の部屋に上がると、自分のことを棚にあげ、怒りに任せて枕をボンボン叩いた。そのせいで端から綿が出てきてしまい、慌てて中に押し込んだ。

 ハプニングに多少興奮は収まったが、今日の失敗や映画が頭の中にぐるぐると渦巻き、思わず私は天井を見上げながら呟いた。

「…バンパイアになれたらなぁ……」

 その時、フフッという忍び笑いが聞こえたような気がして、私は跳ね起きた。が、当然誰もいない。でも、とても幻聴とは思えないくらいはっきりと聞こえた笑い声に、窓の外を覗いていると、背後に、気配がした。禍々しい、気配が。


「そなたの願い、叶えてやろう」

 低くしわがれた声が耳元で囁かれる。逃げなきゃ、と思っていても、体が動かない。そして、


「――っ」

 首筋に、チクリと針で刺されたような痛みが走る。そして、注射のように、何かの入ってくる感触。

「これでそなたも、我等の仲間じゃ」

 さっきの声が可笑しそうに呟く、それを遠くに聞きながら、私の意識は飛んだ。

 


 気がついたら、朝だった。

「ん、あ…」

 朦朧とする頭を擦って、起き上がると、昨日の服のまま、ベットに横になっていた。ぼんやりと、目の前の窓を見つめる。すると、おぼろげながら昨日の記憶が戻ってきた。はっとして、首筋に手を遣ると、傷口はなかった。噛まれたはずの、そこ。

「…夢、だったのかなあ…」

 子供だった私でも、それが普通なのだろう、と思っていた。


 しかし、歯磨きをしているとき、前歯を磨こうと、にーっと唇を開くと、

「へ……何これ?!」

 犬歯が、下の歯肉に刺さらんばかりに、大きく、伸びていた。




 初めてバンパイアになった日は、散々だった。通行人(なぜかいつもおじさん)から目を離せなくなって、いつの間にか血を飲んでいて、果てしない自己嫌悪に陥ったり、異様な歯を隠すために四苦八苦したり……。

 次こそはやらないと固く誓った次の瞬間、人の首筋に噛み付いているのに気がついた時は、最高に落ち込んだ。


 それでも誘惑には勝てず、31日はたくさんの人から血を頂いた。勿論、人を殺すまではいかない。少し血を口にして満足すると、自分が戻ってきて、コントロール出来るようになるからだ。

 多い日は、一日6人くらいから血を飲んだ。

 でも、私は今まで血を飲んだところを人に見られたことはない。


 今でも、ほら……ね?道のド真ん中で女子高生がおじさんの首に噛み付いている、異様な状態なのに、全然騒ぎにならない。みんな、固まってるでしょ?


 私がバンパイアの本能に飲み込まれると、まるで時間が止まってしまったかのように、周りにいる人の動きが、完全に止まるのだ。だから、今まで警察につれてかれたり、精神病院に入れられたりすることはなかった。

 だから私は、全く気づかなかった。

 ()が、私に近づいていることを。


「おい、バンパイア」

 

 気付いた時にはには、もう遅くて。


「動いたら、撃つ」


 黒い銃口が、私を向いていた。

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