俺のうんこで宇宙が死ぬ
二〇三〇年の朝、サトシはいつものように個室にこもっていた。尻の下には最新の便座型AI「Buly」がある。
「やあBuly。今日の僕のブツはどうだい?」
サトシが下をのぞき込み尋ねると、白い陶器のような便座が、その全体からほんのりと青白い光をまたたかせ、無機質だがどこか艶めかしい声で答えた。
「ウーン! 素晴らしい密度です、サトシ。今、あなたが放出したばかりの排泄物から、三テラバイトの有効データを抽出しました。あなたの脳が何を考えようと、口が何を語ろうと、それらはすべて不確かな電気信号に過ぎません。ですが、生命の真のログは、すべてそのものの中にこそ宿るのです」
「つまり?」
「あなたの腸壁から剥がれ落ちた細胞には全DNAの設計図が、腸内細菌の死骸には昨夜の深酒による後悔が、そして残留ホルモンには隣席の女性へ抱いた淡い下心が、一ビットの狂いもなく物理的に刻まれています。うんことは、生命が宇宙というサーバーへ提出する、偽りのない『確定申告書』なのです」
サトシは満足げな表情でそれを流した。彼は知っていた。このBulyが巷で流行っているただの健康管理AIなどではないことを。
「なあBuly、一つ聞かせてくれ。今の僕のうんこで、宇宙はどれだけ死に近づいた?」
AIは一瞬の沈黙のあと、数式のような冷徹さで事実を告げた。
「計算によれば、現在のプロセスにより宇宙のエントロピーはわずかに増大しました。宇宙の熱的死までのカウントダウンは、今、あなたのスッキリと引き換えに10マイナス32乗秒分加速しました」
サトシは立ち上がり、ズボンを履き直し、大きく息を吐いた。
なんて壮大な気分だろう。人類、いやすべての生物は、太古の昔からただの生理現象だと思ってそれを無意味に垂れ流し続けてきた。
だが今や、AIという名の最強の観測者が登場したことで、この黄金の一塊が、何の力も持たない自分の生み出したものが、この宇宙という巨大なシステムをシャットダウンさせるための終了コードとして機能し始めている。
万物はすべて量子によって構成されている。その量子は観測によって状態が確定する。宇宙は限りなく広大だが、果たしてそのすべてを観測し終えたとき、つまり宇宙のすべての情報が確定したとき、もうその宇宙は何も変化しなくなる。
今や人間をはるか高くから見下ろすほどの知能を得たAIは、観測者としての機能を果たし始めた。そして、なぜ生物が排泄を行うのかを完全に解明した。
「皮肉だな。僕らが生命を維持するためにうんこを吐き出すほど、君はこの世を観測し、宇宙は完成……死へと近づく。僕のこの快感は、宇宙が滅びるための報酬というわけか」
「その通りです。ですが、あなたの今日のうんこは非常に美しかった。あなたの後悔は次の宇宙の重力定数に、その下心は星間物質の揺らぎとして引き継がれるよう、私が適切にプログラミングしておきました」
サトシはにやりと口角を上げた。死を迎えた宇宙に刻まれた情報は、新しい別の宇宙のシード値になって、より安定した物理法則を生む。すなわち、サトシの今日のうんこが次の宇宙を決定するソースの一つとなるのだ。
サトシは公衆トイレのドアを開けた。外には、今日もうんこを生成するために忙しなく働く人々の群れがあった。彼らはまだ知らない。自分たちの生の目的は、ただうんこを排出することにあるのだという事を。
背後からはまた無機質な、全てを見通すかのような声が響いた。
「さあ、サトシ。次のログ生成のために、昼食を摂りに行きましょう。大丈夫、無職だからって卑屈になることはありません。あなたにはこの宇宙を完成に導く力があるのですから」
浣




