第5話
「な、なんだと!? あの呪われた廃屋敷が、極上の魔素を放つ平坦な更地になっているだと!?」
隣国ゼイロン。その男爵邸に、ゼイロン男爵の怒声が響き渡った。
部下からの報告によれば、つい数日前まで凶悪な雷獣が住み着き、死の瘴気が漂っていたあの土地が、今や眩いほどの光の粒(純度の高い魔素)が舞う美しい大地へと変貌しているというのだ。
「あああっ! 魔獣が去り、不吉な建物が消えたことで土地が完全に浄化されたのか! あそこほどの魔素濃度があれば、最高級の魔法作物が育つ特級の農業地帯になる……白金貨数百枚、いや、数千枚以上の価値があるぞ!!」
男爵はギリッと奥歯を噛み鳴らした。
つい先日、自分は得体の知れない『ワケアリ不動産』という新興企業の若造に、ギルドへの賠償責任などを押し付けるため、引き取り手数料を支払ってタダ同然で土地の権利を譲り渡してしまったのだ。
「ええい、あの若造め! 初めからこうなることを知っていて私を騙したのだな! 許さんぞ、あの土地は私のものだ!!」
男爵は百人を超える屈強な私兵を呼び集めると、血走った目で馬車に乗り込んだ。
相手はただの世間知らずな不動産屋。武力で脅し、契約書を破り捨ててしまえばこちらのものだ。そんな浅ましい計算を抱きながら。
***
かつて廃屋敷があった森の奥深く。
完全に平坦な更地となったその中央に、美しい純白のパラソルとテーブルセットが用意されていた。
『キュピィ! お肉のおかわり、ちょーだい!』
「ええ、ゆっくり食べていいんですよ。この『世界樹の実のタルト』は、雷の魔力回復に最適ですからね」
ロイド・グランヴェルは、超高級スーツの膝の上に小グリフォンを乗せ、優雅な手つきで小さく切り分けたタルトを口に運んでいた。その横では、秘書官のクラウスが完璧な所作で紅茶を注いでいる。
魔法契約書のバグは修正済みのため、この愛らしい念話は役員である彼らの脳内にしか響いていない。
そこに、けたたましい足音と怒声が踏み込んできた。
「おい、詐欺師の不動産屋!! 私を騙しおって!」
私兵を引き連れたゼイロン男爵が、肩で風を切って更地へと乗り込んでくる。
しかし、ロイドは一切の動揺を見せず、ティーカップを静かにソーサーへと置いた。
「おや、ゼイロン男爵。契約はすでに完了したはずですが、我が社の『曰くつき物件』に何かご用でしょうか?」
「とぼけるな! 貴様、この土地がこれほどの宝の山になると知っていて、私から不当に奪い取ったな! あの契約は無効だ! 今すぐ土地の権利書を返せ! さもなくば――」
男爵が合図をすると、百人の私兵が一斉に武器を構えた。
「……なるほど。武力による契約の不法破棄、および我が社に対する業務妨害ですね」
ロイドは溜息を一つ吐くと、スッと立ち上がった。
その顔には、先ほどまで小グリフォンに向けられていた温もりなど微塵もない。世界を裏から支配する、冷徹な特命代理としての貌だった。
「クラウス」
「はい、ロイド様」
クラウスが一歩前に出た。彼から放たれた、元・暗殺部隊トップとしての底知れない殺気。ただそれだけで、歴戦の傭兵であるはずの私兵たちが「ひっ」と悲鳴を上げ、後ずさった。
「男爵。あなたはご自身で『すべての負債と責任を我が社に押し付ける』という契約にサインし、手数料をお支払いになった。我々は合法かつ公正な取引しか行いません。……ですが、どうしてもご不満だというなら、然るべき機関を通して解決いたしましょう」
ロイドは空中にホログラムの通信ウィンドウを展開した。
「ゼイロン国、財務大臣。繋がっていますね?」
『はっ! ロイド様、スタンバイ完了しております!』
ウィンドウに映し出されたのは、ゼイロン国の国家予算を握る財務大臣その人であった。男爵にとっても、絶対に頭の上がらない直属の上司である。
「だ、大臣閣下!? な、なぜ一介の不動産屋の通信にあなたが……!」
「彼だけではありませんよ。ゼイロン国の筆頭魔導師と商業ギルド長も、我が財閥からの『出向社員』ですから」
ロイドの言葉に、男爵の顔から一瞬で血の気が引いた。
財閥。その二文字が意味する絶望を、貴族である彼が知らないはずがなかった。
「……大臣。この男爵は、我が財閥の新規事業に対する明確な妨害を行いました。彼の過去の帳簿を洗うよう指示していましたが、結果は?」
『はい! 過去十年にわたる大規模な脱税、ならびに領民への違法な搾取の証拠を完全に確保いたしました! 直ちに国家反逆罪として爵位を剥奪し、彼の一族が持つ全資産を没収とします』
「手際が良いですね。では、処理をお願いします」
ロイドが優雅に指を鳴らした直後。
男爵の背後に空間の歪みが生じ、黒ずくめの財閥法務部の回収班が音もなく現れた。
「なっ……ま、待ってくれ! 話せばわかる! 土地は譲る、だから爵位と財産だけは――」
「お引き取りを。ここはすでに、我が社の管理地ですので」
男爵の醜い命乞いは、回収班によって物理的に塞がれ、そのまま闇の中へと引きずり込まれていった。雇われていた私兵たちも、財閥の気配に恐れをなし、すでにクモの子を散らすように逃げ去っている。
ほんの数分。
一滴の血も流さず、剣も交えずに、一つの男爵家がエレガントに社会から消去された。
「……ふぅ。まったく、貴重なティータイムに泥のついた靴で上がり込まれるとは」
ロイドが視線を落とすと、小グリフォンが「キュピィ!」と元気よく鳴きながら、ロイドのスーツの裾を引っ張っていた。敵がいなくなり、安心したようだ。
「ああ、怖かったですね。もう大丈夫ですよ。さあ、本社に帰りましょう。フェンリルちゃんも、新しい家族を待っていますからね」
先ほどまでの冷徹なビジネスマンの顔は幻であったかのように、ロイドは目を細め、愛しい魔獣を胸に抱いた。
「……ロイド様。男爵家の全資産の接収、およびこの曰くつき物件の販売準備が完了しました。利益率は軽く数千パーセントを超えます」
「素晴らしい。これで、フェンリルちゃんとこの子のために、さらに極上の環境を整えられますね」
強欲な者を経済と権力で轢き潰し、その資産で最強の魔獣リゾートを豊かにしていく。
世界一理不尽で、世界一優雅なワケアリ不動産の快進撃は、まだ始まったばかりである。
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