第3話
死の気配が漂う、ゼイロン男爵家の旧邸宅。
ロイド・グランヴェルがその大広間の重厚な扉を開け放つと、内部は外の森よりもさらに濃密な魔素と、バチバチと弾ける紫色の雷光に満たされていた。
「ひっ!? だ、誰だ!」
「お願いだ、入ってこないでくれ! この子だけは見逃してくれ!」
薄暗い広間の隅。そこにいたのは、凶悪な雷獣――ではなく、ボロボロの装備を身にまとった十数人の冒険者たちだった。
彼らは極限の飢えと疲労で頬をこけさせながらも、背後の「何か」を庇うようにして、侵入者であるロイドたちに向けて必死に武器を構えていた。
「……なるほど。討伐に向かい、全滅したと思われていた三組の冒険者パーティーですね。皆さん、ご無事で何よりです」
ロイドは洗練された所作で一礼すると、彼らの背後に隠れている「原因」へと視線を向けた。
「キュィィィッ……!」
冒険者たちの後ろで怯えるように鳴き声を上げたのは、美しい黄金の羽を泥と血で汚した、子猫ほどのサイズの『小グリフォン』だった。
本来なら見上げるほど巨大な幻獣の、ほんの幼体。しかし、その小さな体から無意識に放たれる雷の魔力は、広間全体を覆う強固な『結界』を形成していた。
「……ロイド様。状況が読めました」
「ええ、クラウス。数年前からこの屋敷に住み着いていたという凶悪な雷獣の正体は、この親とはぐれた哀れな迷子だったのですね」
ロイドは、怯える小グリフォンと、彼を守ろうとする冒険者たちを交互に見やり、すべての真相を瞬時に理解した。
「討伐に来た心優しき冒険者の皆さんは、ターゲットが傷ついた幼体だと知り、哀れんで武器を捨てた。……しかし、人間を極度に恐れた小グリフォンが放つ無意識の雷の結界によって、外に出られなくなってしまった」
「は、はい……その通りです。俺たちはこの子を刺激しないよう、壁に生えた魔素を帯びた苔などを食べて、なんとか今日まで生き延びてきました」
冒険者のリーダー格の男が、泣きそうな声で頷いた。
殺しに来たはずの人間たちに守られ、しかし恐怖から結界を解けずに何年も共に閉じこもっていたという、なんとも不器用で優しい密室のミステリー。
それが、この『死人が出た特級の事故物件』の真実であった。
「……素晴らしい」
ロイドの口から、感嘆の吐息が漏れた。
「何年もこの閉鎖空間で、この子はたった一匹で濃密な魔素を吸い上げ、浄化し、そしてこれほど美しい黄金の羽へと変換し続けていたのですね。泥で汚れてなお輝く、その極上の羽並み……ああ、なんて健気で愛らしいのでしょうか」
「ロイド様。感極まっているところ申し訳ありませんが、魔獣が威嚇態勢に入りました」
見知らぬ侵入者のただならぬ熱視線に対し、小グリフォンが恐怖で毛を逆立て、バチバチと凄まじい雷撃を放った。
直撃すれば大の大人でも一瞬で黒焦げになる、幻獣の雷。
「危ないっ!!」
冒険者たちの悲鳴が響く。
しかし――紫色の雷撃は、ロイドの着ている超高級スーツの表面でふわりと霧散した。財閥のトップデザイナーと錬金術師が国家予算レベルの素材で仕立てた特注品は、その程度の魔力など完全に無効化するのだ。
「怖かったですね。……もう大丈夫ですよ。あなたを苦しめる悪い人間も、この屋敷は借金も含めて、私がすべて買い取りましたから」
ロイドは泥にまみれるのも厭わず、スッと膝をついた。
世界を裏から支配する財閥の御曹司が、ただの一匹の傷ついた魔獣のために、高級スーツの膝を躊躇なく泥の中へと沈めたのだ。
「さあ、おいでなさい。これからは私が、あなたの極上の羽を毎日ブラッシングして差し上げましょう」
ロイドは優しく両手を広げ、極上の笑みを浮かべた。
それは冷徹なビジネスマンの顔でも、財閥の特命代理の顔でもなく――ただ純粋に、モフモフを愛してやまない青年の、本気の慈愛の表情だった。




